社会における資源配分の決定は,人々の行動の集計結果によって決まる。例えば証券市場取引において誰がどれだけ売買をするかという決定も,そうしたプロセスを通じて行われる。特に筆者が研究しているのは,そのような資源配分メカニズムに参加している人々が非常に多く,かつ一人ひとりがメカニズムに対して与える影響力が非常に小さいせいで,個人単体の行動だけではメカニズムの結果は変わらないという環境である。 筆者は,そうしたメカニズムで起こりえる可能性のなかで,「システムダウン」のような望ましくない事態だけを防ぐための予防策を,制度として事前に設計することが可能かを理論的に追求する研究を行った。例えば銀行預金契約において,多数の小規模契約者のうち,少数の人々の解約が起こったとしても,銀行はすぐさま破綻するわけではない。しかし,十分多くの人々が解約をすることが頻繁に起こると,預金制度自体が存続できなくなる。後者のケースを「システムダウン」と呼ぶならば,それが起こらないように人々のインセンティブを操作する仕組みを作り出せたらうれしい。筆者は,そうした仕組みを作り出すための理論的諸条件を,『個人単体の影響力が無視されるメカニズム』において追求した。 本研究が対象とするメカニズムにおいて,筆者が提示した新たな均衡概念を用いると,先の「システムダウン」を食い止められることがわかった。その均衡概念を直感的に説明すると,少しのエラーを許容するというものである。「システムダウン」の均衡におけるエラーは,システムを維持する行動に相当する。よってこうした「維持行動」をしてくれるわずかな人々に報奨金を与えるなどして動機づければ,「システムダウン」を防ぐことが可能となる。
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