本年度は過去2カ年の成果をもとに、具体的な(1)儀礼空間、(2)寺院空間・僧院生活、の検討を踏まえ、それらが鎌倉仏教社会でどのように受容されたかの検討を加え、中世寺院社会における宋代仏教受容の具体相を提示することにつとめた。 (1)出山釈迦+羅漢=成道儀礼、草座釈迦+羅漢=自恣儀礼の懸用例を指摘し、その知見から「お釈迦さんワールド」(龍谷ミュージアム)の展示に参画した。この参画で同館学芸員との共同作業のもとで新出作例も見いだすことができ、その知見を展覧会図録・公開講座で述べた。また祖師像を懸用する儀礼の検討を進め、祖師像+羅漢を用いる儀礼空間(祖師忌)例を検出した。 (2)生活規範を記す文献の検討と南宋江南地域の寺院社会を視覚的に示す羅漢図の図像検討を行い、南宋・鎌倉期に共有される具体的な僧院生活の実態をあきらかにした。かかる検討により、鎌倉時代に流行する大陸風の堂宇(僧堂・庫院・浴室)や同資具は、平安時代にすでに失われた〈如法〉の寺院空間・僧院生活を復興し、実践するために宋地からもたらされたものであることを指摘した。 従来、宋請来の仏像・仏画類の流行は、唐物趣味・文人趣味によるものと評価されてきた。本研究はそれに疑問を呈し、仏道実践の「場」として機能した寺院でいかに用いられたのかを具体的に例示し、その仏道実践の広がりとともに宗派を超えて文物が造像・受容・展開するという新しい図式を提示した。 このように、宋代仏教文化史的視座にもとづく文物や儀礼研究から提示可能な鎌倉仏教史像は、従来のイメージと大きく異なるものであり、仏教思想史を中心とする宗派史観的視座が多い鎌倉仏教史研究、それに依拠する美術史・建築史・考古学・国文学などの関連分野に対しての再検討を促すものといえよう。「宋代仏教文化の受容からみた鎌倉仏教史像の再構築」、ここに本研究の学術的意義を求めることができる。
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