我が国には、予想を超える販売量を記録した医薬品の価格を大幅に引き下げる市場拡大再算定という制度が存在する。同算定については、価格の大幅な下落は製薬会社の収益減少につながりかねないとする強い批判がある。その一方で、医薬品の需要の価格弾力性が十分に大きければ、価格低下による需要の増大を通じ、製薬会社の収益は拡大する可能性もあり、いずれの仮説が妥当かは実証的な課題として残されている。そこで本研究は、2008年4月に対象となった降圧剤であるARB医薬品(ブロプレス、ニューロタン、ディオバン、オルメテック、ミカルディス)に着目し、市場拡大再算定が医師の処方、製薬会社の収益に及ぼした影響を検証する。 研究期間の最終年度は、これまでに作成したデータセット、需要関数の推定結果に基づき、ARB医薬品が同算定の対象にならなかったとする、仮想現実的な状況でのシェアおよび売上高を試算した。なお、シミュレーションの実施に際しては、市場拡大再算定の対象とならなかった時の仮想的な価格の情報も必要となるため、①ARB医薬品と競合するCa拮抗剤の価格下落率を適用した価格、②ヘドニック法により推定された価格を用いた。ただし、②の計算結果については、市場拡大再算定に指定されなかった時の方が低い価格が算定されたとする、非現実的な数値になったため、シミュレーションでは①より得た価格を採用した。シミュレーションの結果、ARB医薬品が市場拡大再算定に指定され、他の降圧剤よりも大きな価格引き下げに直面したことで、ARB医薬品全体でシェアを最大1.2%拡大させたとする結果が得られた。ただし、降圧剤市場の需要の価格弾力性が小さいこともあり、売上高についてはブロプレスの43.6憶円を筆頭に、全体で約95.9億円減少したとする試算が得られた。
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