車いす使用者の身体活動・運動を考える場合,健常者を対象とした運動指針がそのまま適応できないという指摘がある.車いす使用者は主な筋活動群が上肢であることと,障害が運動時の生理的応答に影響を及ぼすことが要因である。同様に,麻痺部が存在する場合,麻痺部の発汗作用が失われ,熱放散が機能しない.このことは,損傷部位の違いによって体温調節機構が異なることを示唆し,環境省や厚生労働省および日本体育協会が提言している熱中症予防指針に必ずしも当てはまらないことを示している.したがって,本研究の目的は暑熱環境における車いす使用者の体温の変動を明らかにし,車いす使用者に対する熱中症予防のための指針を立案することであった. 車いす使用者のうち,特に体温調節が困難である脊髄損傷者を対象とし,暑熱環境下での運動負荷試験を実施し,発汗量、水分補給率および鼓膜温の変化を測定し,最高酸素摂取量の60%強度における上肢運動においては,おおよそ20分間の運動で,健常者に比して発汗量および水分補給率に有意差は観察されなかったものの,鼓膜温の変動においては,麻痺部における熱放散が小さいために健常者に比して有意に高値を示した. 脊髄損傷者は,血管運動の欠落のみならず,麻痺部における発汗作用が減少している.また,損傷レベルによってその影響は広範囲に及んでいることから,熱放散ができず貯熱しやすい.脊髄損傷者は,屋内における暑熱環境においても熱中症などの暑熱障害に留意する必要があるが,その方略は一貫したものは散見されない.パラスポーツ実施時に用いられているのは,冷却水の経口摂取や,送風などが一般的であるが,身体冷却用のベストやアイススラリーの摂取が有用であると考えられる.また運動前の控え室などの室温が低い場合には,筋量が少なくなっていることから,バッファルームなどの体温を下げすぎないように留意する必要がある.
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