研究課題/領域番号 |
16K21543
|
研究機関 | 広島修道大学 |
研究代表者 |
山尾 涼 広島修道大学, 人文学部, 助教 (70639608)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | フランツ・カフカ / ポストヒューマニズム / 人間観 / 身体像 / アントロポロギー |
研究実績の概要 |
本課題の目的は以下の2点を明らかにすることである。1.ドイツ語圏作家フランツ・カフカのテクストには、人間と身体を新たに再概念化して、独自の視点から捉えなおそうとする姿勢が読み取りうるのではないか? 2.その姿勢とは、現代におけるポストヒューマニズム(脱人間中心主義)的なスタンスと重ねられるのではないか? さらにはカフカに座標を定めて、ポストヒューマニズム的な視点の系譜を近代以降のドイツ文学・思想史の中へと遡上すれば、ヒューマニズムへの懐疑の発生からポストヒューマニズム的なディスクールに至るまでを俯瞰できるのではないか? 2016年度は論文「〈退化〉の孕む美とグロテスク-フランツ・カフカと中島敦の人間観/動物像」を寄稿した。ここではヘッケルの進化論の分析にもとづいて、カフカと中島の作品における〈退化〉の概念について論じた。合理/進歩主義的な観点からすれば〈退化〉という概念は通常、〈進化〉に比して否定的表象と結びつくが、カフカや中島の作品では、自らの存在を〈退化〉させるという事象を描くことで、啓蒙的な指標から取りこぼされた弱者としての他者に読者の共感や同情を差し向けさせることに成功しているといえる。中島敦はカフカと同時代に生きた作家であり、カフカの短編小説を愛読し、『狼疾記』では彼の作品について言及している。中島とカフカの人間観、身体像の比較分析は当初、本課題の研究対象には挙げていなかったが、西洋とアジアにおける進化論の受容と、時代を同じくする作家の人間像に共通性があるのかを分析する試みだった。中島は、ノンヒューマン/動物をモティーフに多くの詩や短編を残した。これらのテクスト分析から、中島の作品には、過剰な人間中心主義への懐疑や、弱者としての他者に共感しようとする姿勢が存在しており、それはカフカの作品が内包するポストヒューマニズム的な視点の萌芽と重ねられることが明らかとなった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本務校が変わり、それに伴い研究環境と学内業務負担の状況が若干変化した。その影響から本課題を申請した当初の設定に比べて、わずかだが研究に遅れが生じたが、おおむね順調である。論文執筆に加えて、学会発表も行う計画であったが、この点は実行できなかった。2016年度に達成できなかった目標は、2017、2018年度へ持ち越し、申請時に設定した目標を達成したい。
|
今後の研究の推進方策 |
ヒューマニズムに最初の衝撃を与えた人物としてダーウィンを措定し、進化論をドイツで広めたヘッケル、それを支持したニーチェ、フロイトなどの理論とカフカの洞察を交差させつつ、ポストヒューマニズム的な萌芽を文学・思想史に探ろうとする本研究のテーマに変更はない。 2017年度は現時点での本研究の結果を社会に開示する目的で、市民向けの公開講座を2度行う予定である。また、本年度も論文を執筆し、学会発表を行う。 2018年度には、海外/国内の研究者を迎えて、シンポジウムを実施することを計画している。当初の申請書には掲げていなかった目標だが、本務先変更に伴う若干の遅れを取り戻し、研究結果を広く公表するためにも、シンポジウムの実現に向けて他の研究者との連携を広げたい。2018年度内に研究内容を一冊の著書にまとめることは難しいと予測されるが、本研究課題の採択年度内にできるだけ多くの論文執筆を積み重ねることで、いずれは著書として公にしたい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
計画していた旅費と謝礼を使用しなかったため。
|
次年度使用額の使用計画 |
学会発表などの旅費か書籍の購入に使用したい。
|