本研究は、欧米を中心に「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」やソーシャル・プラクティスと呼ばれる参加型のアート実践の分析を通して、フィールドワークに基づいた人類学的な芸術研究の方法論を提示し、既存の「社会」と「芸術」概念の再検討を行なってきた。 初年度から2年目は、文献研究に加えてフィールドワークを重点的に行なった。イギリスを中心に活動するポーランド出身の女性アーティストによるアートプロジェクトやニューヨークから始まり世界各地で行われてきた憲法を書き写すワークショップなどの参与観察を行なったほか、社会的なアート実践に関わりの深い現地のアーティストやキュレーター、研究者へのインタヴュー調査を実施した。研究期間の後半は、コロナ禍の影響もあり国内・国外の調査が困難になったため、オンライン中心の聞き取り調査や、オンライン上で行われるアートプロジェクトを調査したほか、コロナ禍におけるアートの社会的な位置づけに関する言説の国際比較を行なった。 ニューヨーク、ポーランド、日本という異なる地域でフィールドワークを行うことで、例えばポーランドの場合、アートに「社会的な」役割を求める若手作家の多くが「批評的美術」として知られる一世代上のアーティストたちの社会・政治批判的な芸術実践を参照にしつつ、それを越えようとする試みを行っていることが明らかになるなど、グローバルな現代美術の文脈において「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」と呼ばれる個別の実践のローカルな文脈における位置づけと、ローカルな視点からしか見えてこない作品/プロジェクトの意味やあり方の重要性を確認した。また本研究を通して、参加者の制作プロセスへの関わりを前提とする社会的なテーマをもった「参加型アート」が、西洋近代的な芸術という概念における矛盾と葛藤に関係していることが明らかになった。
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