分子が電極表面に弱く吸着した系では、分子軌道を占める電子間に強いクーロン相互作用が働き、電気伝導特性や光学特性に顕著な「電子相関効果」が現れる。本研究では、電極表面に弱く吸着した単一分子に対する、走査トンネル顕微鏡(STM)観察およびSTMのトンネル電流に誘起される発光(STM発光)観察に関する理論を構築する。系の電気伝導特性および発光特性を、量子多体論の観点から定量解析できる理論手法を構築し、分子軌道のエネルギー位置や電子相関がこれらの物性に与える影響を解明する。 昨年度までに、孤立分子の多体状態を基底にし、分子軌道と金属の電子状態の間の結合を摂動として取り扱う理論手法を用いて、単一分子の電気伝導特性および光学特性を調べる理論を構築した。本手法では、分子軌道を占める電子間に働くクーロン相互作用を厳密に取り入れることができるため、これらの物性に現れる電子相関効果の記述に適している。 今年度はさらに、分子内の電子自由度と分子振動自由度の相互作用(振電相互作用)を含めるための理論手法の拡張を行なった。また昨年度までは分子の電子自由度として、2つの分子軌道を扱う理論手法を開発していたが、今年度はより多くの分子軌道を含むための一般的な定式化および理論手法の構築を行なった。密度汎関数理論に基づく第一原理計算を用いて、分子の多体状態のエネルギー、振電相互作用の大きさなど、必要なパラメータ値を決定し、理論手法の定量性を向上させた。その結果、単一分子からのSTM発光に現れる多体効果を解明し、それらが実験にて実証可能であることを明らかにした。これらの成果をもとに現在論文を執筆中である。
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