本科研費を通じて,研究目的である大気汚染物質沈着量に対するソース・レセプター解析の新展開を図る研究を推進した. 最終年度に予定していた直接感度解析法の適用については,夏季の全降水イベントについて計算不安定の問題を完全に解決することには至らなかった.安定性の検討において降水量とそのタイミングのモデル再現性を検討した結果,降水イベントの再現性が十分ではなかった点も要因であったと考えられた.このようなことからも,降水を介した湿性沈着量については,モデル計算値の降水量を観測値で代替する手法(降水量補正法)が有効であると考え,参画していたアジア域モデル相互比較研究(MICS-Asia)に提出された9つのモデルにこの手法を適用した.その結果,アジアスケールの無機イオン成分(硫酸塩・硝酸塩・アンモニウム塩)の湿性沈着量のモデル再現性を大きく向上できることがわかり,湿性沈着量の再現性向上に資する先見的な研究成果を得ることができた.この成果は学術論文として投稿中である.また,世界気象機関(WMO)が全球大気監視(GAW)計画下で進める全球全大気降下物の観測・モデル統合(MMF-TAD)の専門家会合へ招聘を受け,アジアにおける研究成果として本内容の発表を行った. 研究期間全体においては,大気中濃度に対して適用してきたソース・レセプター解析を沈着量にも応用させることで,トレーサー法による通年の硫酸塩の寄与評価をもとに,乾性・湿性沈着に対する国外の影響や湿性沈着に対する火山の影響を定量的に特定するなど,今まで試みられなかった新たな知見を得ることができた.さらに,観測データをもとに東アジア域の15年分の湿性沈着量の経年変化を解析したところ,中国由来の人為起源排出量変化に伴い,近年では硝酸塩が重要な酸性沈着の要因となっていることを解明した.
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