研究課題
呼吸に必須な肺サーファクタントは、肺II型上皮細胞と肺胞マクロファージによるその産生と分解のバランスによって恒常性が維持されている。肺胞蛋白症とは肺サーファクタント由来物質が肺の末梢気腔内に異常に貯留し呼吸不全に至る疾患群であり、その原因から自己免疫性、遺伝性、続発性等に分類され、その大部分は肺胞マクロファージの機能異常が原因である。申請者らはこれまで、ヒト遺伝性肺胞蛋白症の原因探索、診断、病態解明および治療法開発の研究に従事してきた。遺伝性肺胞蛋白症はGM-CSF受容体遺伝子(CSF2RAあるいはCSF2RB)変異によって生じるが、いまだ有効な疾患特異的な治療法はない。そこでマウスモデル(Csf2rbノックアウトマウス)を用いて、肺マクロファージ移植法という細胞治療および遺伝子治療を提唱してきた(Suzuki. et al. Nature. 2014)。同治療法は骨髄移植の際に必要な放射線照射や化学療法などを行わずに、マクロファージを一回、直接肺へ移植する方法であり、長期間にわたる移植細胞の生着と疾患の改善および安全性が確認されており、有効な新規治療法と考えられる。しかしながらヒトで患者数の多い(約9割を占める)CSF2RA遺伝子変異による疾患に相当するCsf2raノックアウトマウスはこれまで存在しなかったために、病態の解析や治療法の検討といった基礎的な研究が困難であった。そこで今回新たにCsf2raノックアウトマウスを作成し、同マウスの病態解析を行っている。さらに同マウスを用いて上記の新規治療法の開発研究をおこなっている。
2: おおむね順調に進展している
1. Csf2raノックアウトマウス作成と解析(Hu博士(Cincinnati Children's Hospital Medical Center、米国)と共同研究)Csf2ra遺伝子の第2エクソンから第3エクソンにかけて(開始コドン(ATG)から始まるシグナルペプチドの領域を含む)、2か所の特異的なゲノム切断するCRISPR-Cas9を設計し、受精卵(zygote)に注入し、偽妊娠マウスに移植し、定法通りに目的のノックアウトマウスを作成し、メンデルの法則にしたがう遺伝形式を確認した。マウス固定肺の病理組織学的検討および気管支肺胞洗浄(Bronchoalveolar lavage : BAL)を解析し、予想通りの肺胞蛋白症の病態を呈していることが認められた。また、肺胞・腹腔・脾臓・骨髄由来マクロファージについてRT-PCRおよびRNAseqによる遺伝子発現解析、フローサイトメトリーを用いてGM-CSF受容体の発現と機能、マクロファージの機能(貪食能、サーファクタント取り込み分解能)について研究し解析している。末梢血と骨髄造血能について、その血液像およびin vitroコロニー法を用いて野生型マウスと比較研究をおこなった。2. 肺マクロファージ移植治療(Trapnell博士(Cincinnati Children's Hospital Medical Center、米国)と共同研究)野生型マウス骨髄由来マクロファージ(2×10^6個/マウス)を、麻酔下でCsf2raノックアウトマウスの肺へ経気管的に一回投与(移植)し、2か月後の肺病理組織像、BAL細胞像およびそのBAL液について(混濁度、脂質濃度、蛋白濃度、サイトカイン濃度)比較検討している。さらにBAL液細胞の表面マーカー、遺伝子発現および末梢血液の血球分画および炎症性サイトカインを測定している。3. 遺伝子治療のためのウイルスベクターの構築と機能解析(Lachmann博士(Hannover Medical Center、ドイツ)との共同研究)Csf2ra遺伝子を発現するレンチウイルスベクター(EFS. Csf2ra. LV)を構築し、その機能について遺伝子発現および下流シグナル伝達についてRT-PCR、フローサイトメトリー等を用いて予想通りに機能することを確認した。
1. 肺マクロファージ移植治療(Trapnell博士(Cincinnati Children Hospital Medical Center、米国)と共同研究)現在進行中の動物実験について完成させ、データを収集し、まとめる。2. ウイルスベクターを用いて遺伝子治療したマクロファージによる肺マクロファージ移植治療(遺伝子治療モデル)(Lachmann博士(Hannover Medical Center、ドイツ)との共同研究)上記の作製したベクターを用いて、ノックアウトマウス骨髄造血幹細胞(LSK細胞)に遺伝子導入し、上記方法と同様にマクロファージに分化させた後にノックアウトマウスに対して肺マクロファージ移植を行う。移植2か月に治療効果と安全性の評価を未治療群のマウスと比較研究する。3. マウスiPS細胞由来のマクロファージを用いた肺マクロファージ移植治療(iPS細胞治療モデル)(Lachmann博士(Hannover Medical Center、ドイツ)およびTrapnell博士(Cincinnati Children's Hospital Medical Center、米国)との共同研究)将来のヒトにおける細胞治療の魅力的なリソースであるiPS細胞についてマウスの系で評価する。まずは正常なマウスiPS細胞から分化させたマクロファージについて他の組織マクロファージと表面マーカーおよび包括的遺伝子発現(RNA-seq)について比較検討する。さらにこのiPS細胞由来マクロファージを用いてノックアウトマウスに対して肺マクロファージ移植し、未治療群と比較してその治療効果と安全性について上記(2)と同様の方法で評価する。また、生着したiPS細胞由来マクロファージについて、その表面マーカーと遺伝子発現について解析し、移植前のパターンからの変化について検討する。万が一ドナー細胞の生着や治療効果が見られない場合には、移植細胞数を増加(4-8×10^6個/マウス)して対応していく。
次年度使用が生じた理由は、冷蔵庫の購入を考慮していたが、平成29年度内には購入されなかったための物品購入費、および一部の研究で進行が遅れたために平成29年度内には終了しなかったための研究費、さらに共同研究のための出張日程が次年度早期に変更したための旅費が繰り越されたためである。これらは、平成30年度の助成金の使用予定の研究・物品購入・旅費に加えて、いずれも30年度の比較的早期に使用される予定である。
すべて 2017 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 3件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件)
Scientific Reports
巻: 7 ページ: 10211
10.1038/s41598-017-10879-w
The Journal of Immunology
巻: 199 ページ: 3654-3667
10.4049/jimmuno1.1700443
Human Gene Therapy Methods
巻: 28 ページ: 318-329
10.1089/hgtb.2017.092