本年度は下記の二項目に重点を置いた。 (1)これまでの研究成果を取りまとめ、出版する原稿を仕上げた。ドイツと日本におけるパンデミックのために幾つかの工程が一時止まってしまったため、年度内における出版には至らなかったものの、校正を終えて組版まで仕上がった。よって2021年度の前半には出版できる見込みである。 (2)紀元前11ー9世紀におけるアッシリア政治史の研究に取り組んだ。これは、海外共同研究者の一人であるミュンヘン大学のカレン・ラドナー教授らと開始したアッシリア政治史に関する包括的な研究であり、そのうちの紀元前11ー9世紀の原稿を申請者が執筆し、提出した(2万5千ワード強)。原稿は2021年に編集・校正され、2021年末ー2022年前半ごろに出版される見込みである。 (2)の研究では、特に紀元前11世紀前半の年代と政治史に関する極めて重要な新知見を得ることができた。従来の研究ではアッシュル・ベール・カラ王の碑文とされてきた最重要史料の通称ブロークン・オベリスクが実際にはティグラトピレセル一世の碑文であることを証明した。これにより、従来はアッシュル・ベール・カラの治世に年代づけられてきた事件が全てティグラトピレセル一世の治世末期に移動した。さらには、ブロークン・オベリスクに依拠して年代づけられてきた他の史料の年代も変更した。なかでもティグリス川上流のギリジャノ遺跡出土文書の年代が従来想定されてきたアッシュル・ベール・カラの治世初期ではなく、ティグラトピレセル一世の治世第三四半期末期であったことが明らかになった。この時期のティグリス川上流地域に関する年代はこのギリジャノ文書に依拠していたため、同地域の政治・社会・文化に関する年代もすべて変更することになった。
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