細胞周囲の酸素分圧と細胞に対する力学的刺激および化学的刺激を厳密に制御する3-in-1生体模擬チップを用い、がん細胞とその周囲の細胞外マトリクスの力学的特性に酸素濃度が与える影響に関して細胞実験を行った。チップ内のゲル流路にヒト乳腺がん細胞(MDA-MB-231細胞)をコラーゲンゲルに混ぜて配置し、血管内皮細胞との共存培養ではゲル流路に隣接するメディア流路にヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)を培養した。チップ内の細胞周囲の酸素分圧は、ガス流路に酸素濃度を調整した混合ガスを供給して制御し、様々な酸素濃度の一様な酸素状態や、傾きの異なる酸素濃度勾配を生成して細胞の挙動を評価した。酸素濃度のレベルをより細かく分割して実験を行った結果、MDA-MB-231細胞の遊走速度は低酸素環境下で増加し、酸素濃度5%において極大値を示した。また、酸素濃度勾配下では、低酸素領域におけるMDA-MB-231細胞が中等度の低酸素領域に移動する傾向があった。さらに、細胞培養を2日以上行った場合に観察されたコラーゲンゲルの退縮について、酸素濃度への依存性について調べた。コラーゲンゲルの退縮はがん細胞または血管内皮細胞の単一培養下よりもそれらの共存培養下において促進され、常酸素下よりも低酸素下において遅かった。この変化のメカニズムについて、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)に着目し、細胞の免疫蛍光染色とウェスタンブロッティングを行った。その結果、MMP-7の産生量が低酸素下では減少しており、細胞外マトリクスの力学的特性の変化に寄与していることが明らかになった。このように、コラーゲンゲルは数日間以上の長期間の細胞挙動の観察に適さなかったことから、フィブリンゲルを用いることについて検討した。フィブリンゲル内でも細胞の遊走が観察でき、顕著な退縮は生じないことから、長期間の細胞実験に適していると考えられた。
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