研究課題/領域番号 |
16KT0018
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
宇波 耕一 京都大学, 農学研究科, 准教授 (10283649)
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研究分担者 |
岡本 久 京都大学, 数理解析研究所, 教授 (40143359)
吉岡 秀和 島根大学, 生物資源科学部, 助教 (70752161)
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研究期間 (年度) |
2016-07-19 – 2019-03-31
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キーワード | 非線型偏微分方程式 / 粘性解 / 比較定理 / 数値解析 / 灌漑農業 / 水管理 / 土壌物理 / 最適化 |
研究実績の概要 |
本研究は、農業工学におけるいくつかの問題の中に数学的構造を見出し、数理的な方法論、とくに偏微分方程式の解析や数値計算にもとづいて、実世界の課題解決を図ることを目的とする。研究代表者は、死海沿岸(ヨルダン)の塩性乾燥環境を対象地に設定し、自律分散型の灌漑スキームについての実証研究を行っている。その中で、偏微分方程式論における粘性解の概念が、水の挙動や水管理者の意思決定過程をモデル化して考える際に不可欠であることが明らかとなってきており、学際的な連携による取り組みが重要になっている。そこで、塩性土壌における水、熱、塩分の挙動を支配するRichards方程式や輸送方程式、灌漑スキームの最適運用戦略を支配するHJB方程式などの数理解析を行い、また、実世界における検証を実施する。 先行科研費研究において、実証研究施設をムタ大学試験農場に構築した。すなわち、荒野から流出する洪水を収集する底部取水型取水工ならびに貯水池を、数値実験と水理模型実験にもとづいて設計、施工した。また、この施設において収集される塩分濃度の高い水から淡水を得るため、ビニールハウスを改造して撥水布を活用した除塩プラントを構築した。本研究においては、初年度である2016年度に、付加価値の高いナツメヤシ品種の苗木を植樹し、土壌の水分と塩分を3次元的に観測する機器を新たに整備した。この灌漑スキーム全体に対する最適運用戦略を、支配方程式であるHJB方程式の数値解より導出し、現地管理者を雇用して実装した。 2016年度の大きな成果として、前述のHJB方程式に対する粘性解の一意存在性証明に成功したことが挙げられる。その内容については、現在、論文投稿中である。これは、動的計画法にもとづいて灌漑スキームの最適運用を行う際、問題設定の適切性や数値解析の可能性を判断するために不可欠なものであり、本研究から得られる結果の中核をなす。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2016年度に行った、ムタ大学試験農場内実証試験施設の主な整備内容としては、(1)当初貯水池の堆砂除去および再整備、(2)除塩プラント内を掘削して新貯水池を構築、(3)客土によるナツメヤシ圃場の整備、(4)付加価値の高いナツメヤシ品種の組織培養による苗木を植樹、(5)ナツメヤシ圃場への土壌水分・塩分自動観測装置の設置である。そして、施設の維持管理と最適運用、ならびに、目視によるデータ収集を行うため、現地にて管理者を雇用し、定期的な報告と給与送金の体制を整えた。 最適運用戦略の支配方程式であるHJB方程式に関しては、(1)再整備後の灌漑スキームに対する動的計画法問題の定式化、(2)比較定理の証明による粘性解の一意性と安定性の保証、(3)H1級関数から解を構成することによる粘性解の存在性証明に成功した。また、大規模灌漑スキームの最適運用戦略導出への適用可能性を探るため、マレーシアプトラ大学と共同で水文過程を単純化した離散モデルを構築した。これらの問題に対する数値的なアプローチに際しては、京都大学のスーパーコンピューターシステムを利用した。 一方、塩性土壌における水、熱、塩分の挙動を支配するRichards方程式や輸送方程式については、かなり複雑な非線型偏微分方程式となることがわかり、まずは、比較的単純な特異拡散型の方程式について調べることとした。これは、魚類個体の行動動態にもとづいた魚群形状のモデルとして見ることのできるものであり、農学への応用においても研究する意義のある問題である。数値解析の結果からは、初期条件に強く依存しつつ定常解へ有限時間で収束する粘性解の存在が示唆された。 以上の様々な課題について意見交換を行うため、複数の機関に所属する研究参画者間で会合の場を設けた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の趣旨は、学際的な新たな研究領域を拓くことにあるので、数学と農学の各分野の研究者と連携をすすめていく。そのため、得られた結果について国際学術誌にて発表するとともに、2017年10月にクロアチアで行われるSDEWES2017国際会議におけるでは特別セッション「水・土・生態系のための数学」を企画し、2018年1月には京都大学数理解析研究所においてRIMS共同研究(グループ型)「数理農学の基盤づくりに向けて」を実施する。また、研究の進捗状況は、機密性の保持に留意しつつ、研究室フェイスブックなどを通じ可能な範囲で発信する。 研究の具体的内容としては、(1)水資源管理問題に現れるHJB方程式、(2)さまざまな実現象のモデルとなる特異拡散型偏微分方程式について、数理解析と数値解析を推進する。(1)の重点課題は、これまでの研究では考慮されていない、貯水池洪水吐の能力を超える洪水が発生する場合であり、HJB方程式の境界条件に関して新たな展開が予想される。(2)の重点課題は、特異拡散型偏微分方程式を用いた塩性土壌における水理現象のモデル化であり、早急に問題を定式化する。また、スーパーコンピューターを利用した大規模数値計算も引き続き行う。 ヨルダンにおいては、実証試験施設が本格的な運用体制に入っており、研究代表者は数次の渡航において諸施設や観測装置の維持管理、作物栽培試験を、現地研究協力者との意見交換を行いつつ実施する予定である。また、理論の普遍性を検証するため、まったく異なった気象条件下にある日本、バングラデシュ、マレーシアに対照サイトを設けている。研究員を時間雇用し、大学院学生の協力も得ながら、それらの運用とデータ収集、理論研究を継続する。研究参画者間での会合は、東京、京都、島根において月1回をめどに開催する。
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次年度使用額が生じた理由 |
実証試験を行っているヨルダンへ、バッテリー交換、ロガーデータ回収、現地雇用の証拠書類収集のため、3月末から4月初めにかけて年度をまたいで渡航する必要が生じた。しかし、事務の都合上、当該助成金による出張とすることができず、私費で渡航した。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度後半にポスドク研究員を雇用することとなったので、その人件費の一部に充当する。
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