三陸産サケの生態的,歴史的,文化的価値を明らかにし,サケが人工ふ化放流事業により造成される単なる食資源ではなく,我が国の自然や人々の暮らしと密接に関わってきた天然資源であることを再認識する基礎の提供を目的とした。これまで継続してきた歴史的にも文化的にも人と強い繋がりを持つ河川のサケ,すなわち産卵親魚とふ化稚魚に関する研究を行った。本年度は,一連の調査を実施してきた大槌川および小鎚川に加え,2018年12月末より同じく大槌湾へ注ぐ鵜住居川でも降海稚魚の継続的な採集調査を実施した。2019年4月末までの途中経過だが,特筆すべきはいずれも2000万尾程度の稚魚を放流している大槌川と鵜住居川において,採集される降海稚魚数が数十から数百倍のスケールで異なる可能性が高いことである。また,わずか5kmほどしか離れていない両河川下流部に設けた調査定点の初冬の水温は,大槌川が11.2℃,鵜住居川が2.7℃と8.5℃も異なることがわかった。この原因として人為的な排水や支流もしくは湧水の流入などが想定される。水温は魚類の行動や生活史などを制御する主要な環境要因であるため,大槌川と鵜住居川のサケにも何らかの影響を与えていると推察され,急遽,両河川の水温環境に関する調査に着手することとした。一方,本研究目的の達成のためには,課題終了後も得られた成果を長く地域へ発信し続けることが重要である。そこで,最終年度にあたる本年度は,これまでに得られた自然科学および民俗学研究の成果を展示・公開する準備を進めた。具体的には,岩手県大槌町の東京大学大気海洋研究所・国際沿岸海洋研究センターに設置が予定されている展示・資料施設(2019年秋竣工)に常設とする標本,写真,映像および河川漁業で使用されていた漁具,サケに関する各種の史資料などを収集した。これらについては,巡回展も含め広く地域への情報発信に用いる予定である。
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