研究課題/領域番号 |
16KT0047
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
武次 徹也 北海道大学, 理学研究院, 教授 (90280932)
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研究期間 (年度) |
2016-07-19 – 2019-03-31
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キーワード | 反応経路分岐 / 金クラスター / 遷移状態 / 谷-尾根遷移 / ポテンシャル曲面 |
研究実績の概要 |
固有反応座標IRCは反応物、遷移状態、生成物をつなぐ最小エネルギー経路として定義されるが、反応経路に直交する方向に関するポテンシャルの曲率がIRCに沿って正から負に変化し、反応経路の分岐が起こる場合がある。IRC計算では複数の組の生成物を追跡することができないため、通常の反応経路解析では反応経路の分岐に気がつくことは一般に難しい。本研究では、いくつかのタイプの分子系に対して非調和下方歪追跡法(ADDF)とIRC計算によりグローバルな反応経路地図を生成し、各IRCに沿って振動解析を行って反応経路上で谷-尾根遷移点を探索することにより経路分岐が起こる条件や頻度を調べ、さらにAIMD計算により動力学効果や分岐比についても議論を行い、化学反応における分岐反応の重要性を明らかにすることを目的として研究を進めている。28年度は、比較的低いエネルギー障壁でつながれている金5量体のクラスター構造変化の反応経路を詳細に調べた。金5量体のグローバル反応経路地図には5つの平衡構造と14の遷移状態構造があり、14本のIRCのうち4本に谷-尾根遷移点が見つかっている。各谷-尾根遷移点には、構造が類似した遷移状態構造があることを確認し、経路分岐を考慮した反応経路地図を作成することに成功した。金5量体の最安定構造はC2v対称で同種核置換-反転異性体構造が60存在するが、反応経路地図ではこの異性体構造は考慮されていない。一方、ここで見出された谷-尾根遷移点はいずれも同種核置換-反転異性体構造を結ぶものであるため、分岐を考慮した反応経路地図の作成においてはこれら異性体構造を区別する必要がある。本研究では、同種核置換-反転異性体構造を区別した反応経路地図を作成し、さらにAIMD計算による古典軌道を反応経路地図に基づき解析する手法を開発して、金クラスターの構造転移のダイナミクスを詳細に調べている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
金5量体のクラスター構造変化について、5つの安定構造、14の遷移状態構造を反応経路自動探索法により求め、反応経路地図を作製した。反応経路にそって振動解析を行い、経路に直交した振動モードの振動数を調べ、反応経路地図に5つの谷-尾根遷移点が存在することを見出した。ここで見出された谷-尾根遷移点は、いずれも金クラスターの同種核置換-反転異性体構造への分岐に関係することを見出し、これら異性体構造を区別したグローバル反応経路地図を作製した。また、各谷-尾根遷移点の構造には構造が類似する遷移状態構造が存在することを確認した。金クラスターの構造変化は電子基底状態で起こるが、電子励起状態で分岐反応を示す例としてシス-ジメチルスチルベンの光励起によるトランス体および環化体への分岐反応の研究にも取り組んだ。本研究は、以前に研究代表者らが取り組んだシス-スチルベンのトランス体および環化体への光異性化分岐反応の研究を発展させたものであり、分岐反応機構・ダイナミクスへの置換基効果を調べる、という意義もあわせもつ。本研究では、基底状態とスピン一重項励起状態との間の円錐交差領域を比較的低コストの計算で扱うことのできるスピン反転(SF)-TDDFT法を適用し、垂直励起構造からの最急降下経路ならびにダイナミクスの様子を調べ、スチルベンの場合との比較を行った。本計算の結果、シス-スチルベンへのメチル基の置換基効果により反応経路の向きが変化し、スチルベンではトランス体を向いていた経路がスムーズに環化体へとつながることを明らかにし、さらに、シス体とトランス体の間の構造にあたる垂直構造体の安定構造と円錐交差構造においてずれが生じ、実験で観測されている垂直構造体の長寿命化の起源を理論計算に基づき明らかにすることができた。本結果についてはすでに米国化学会のJ. Phys. Chem. Aに発表している。
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今後の研究の推進方策 |
これまでは金クラスターという柔らかな反応系について反応経路地図を解析したが、有機分子を含むより基本的な分子系に対し反応経路地図に基づき谷-尾根遷移が起こる頻度と特徴を調べる。CH2O, CH2O2, C2H3N, C2H4OについてADDF計算とIRC計算の組合せにより安定構造と遷移状態構造を網羅探索し、グローバルな反応経路地図を作製した上ですべてのIRCに沿って振動解析を行い、どの程度の頻度で谷-尾根遷移が生じるか、その構造の特徴などを調べる。また、谷-尾根遷移を伴う反応経路を抜き出し、遷移状態構造から谷-尾根遷移点を有する側に向けてAIMD法で古典軌道を走らせ、エネルギーが各自由度に分配される様子や一群の古典軌道が分岐するメカニズム、生成物分岐比などを調べる。さらに、有機化学分野で重要度の高い反応(たとえばBeckmann転位・断片化反応など)をいくつか選択し、IRC計算およびIRCに沿った振動解析を行って、経路分岐に関わるポテンシャル曲面の特徴を詳細に調べる。ADDF計算とAIMD計算を併用して、置換基効果や溶媒効果によるポテンシャル曲面(分岐経路)の変化とダイナミクスの変化を系統的に調べる。位相空間における位置・運動量の条件によっては、分子系の運動は一本のIRCに限定されず、IRCから別のIRCに渡り歩くことも考えられる。反応過程のダイナミクスを一組の分岐反応にとどまらずよりグローバルな視点で調べるため、古典軌道をグローバル反応経路地図に基づき解析する手法の開発を試みる。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究課題に取り組む博士研究員を雇用する予定であったが、本課題の採択時期が遅かったこともあり、適切な雇用者が見つからなかった。幸い、本課題に取り組む優秀な学生の頑張りもあり、本研究課題の遂行には支障がなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
本研究課題に専念して取り組む博士研究員の雇用、および本課題に特化した理論計算に使用する計算機購入に充てる予定である。また、本研究の成果を広く発信するため、国際会議出席のための海外旅費にもあてる計画である。
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