研究課題
DNAに結合したヘムが高い酸化触媒活性を示すことが明らかになり、DNAの高次構造を通してヘムの機能を調節することが可能であることが示されている。本研究は、ヘムと四重鎖DNAが安定かつ特異的なヘムDNA複合体を形成すること、およびヘムDNA複合体の酸化触媒活性はヘム鉄に軸配位子として結合する水分子(H2O)によって調節されていることを明らかにした私共の研究成果に基づいて実施している。本研究では、ヘムDNA複合体の酸化触媒作用の遷移状態が軸配位子H2Oにより調節される機構を解明し、得られた知見をヘム核酸複合体の分子設計に役立てる。共鳴ラマン分光法により、ヘムDNA複合体の還元型ヘム鉄(Fe)に一酸化炭素(CO)が結合した状態で、Fe-C結合および配位子COの結合の伸縮振動数はそれぞれ約533 cm-1、約1955 cm-1であることを明らかにした。これらの結合の伸縮振動数は、一般的なヘムタンパク質で報告されている値とは大幅に異なることが明らかとなり、ヘムDNA複合体におけるヘム鉄の電子的性質の特異性が反映されてることが言える。現在は、ヘムDNA複合体のヘム鉄に結合したCOのトランス位に結合するH2Oの物理化学的性質の解析およびヘム鉄の反応性との関係を解析中である。また、実際に細胞の核内に存在する染色体のテロメア部位で、一本鎖DNAが折りたたまれて生じている四重鎖DNA類似の構造を調製してヘムとの相互作用を解析した結果、ヘムは四重鎖DNAの3'末端G-カルテットに特異的にスタッキングして安定な複合体を形成することが明らかになった。この発見により、四重鎖DNAを調製する際に用いる塩基配列の多様性を飛躍的に拡大させることができることになり、多様な四重鎖DNAを用いてヘムDNA複合体の調製を可能にするという観点から、今後の計画において重要な研究成果であると言える。
2: おおむね順調に進展している
私共は、6塩基配列程度のDNA断片が4分子集まって生じる四重鎖DNAとヘムの相互作用を解析する研究を行い、ヘムはDNA 4分子から生じる四重鎖DNAに特異的に結合して複合体をすると共に、生じた複合体は酸化触媒活性を示すことを明らかにしてきた。本年度の研究で、一本鎖DNAが折りたたまれて形成される四重鎖DNAを用いて解析を行った結果、DNA 4分子から生じる四重鎖DNAと比較して、一本鎖DNAの四重鎖DNAの方が、立体構造の安定性およびヘムとの相互作用のいずれにおいても著しく優れていることが明らかとなった。現在は、様々な塩基配列をもつ一本鎖DNAの四重鎖DNAとヘムの複合体の酸化触媒活性を測定中であり、予備的な結果から、当該複合体の酸化触媒活性は、DNA 4分子から生じる四重鎖DNAとヘムの複合体よりも高いことが示唆されている。また、RNA 4分子が形成する四重鎖とヘムの相互作用も解析中であり、四重鎖RNAは四重鎖DNAよりも強くヘムと相互作用することを示す結果を得ている。ヘム核酸複合体におけるヘム鉄の反応性の調節機構を解明するために、DNA 4分子から生じる四重鎖DNA、一本鎖DNAの四重鎖DNAおよびRNA 4分子が形成する四重鎖RNAそれぞれとヘムの複合体の酸化触媒作用が、ヘムの化学修飾を通したヘム電子構造の系統的摂動により受ける影響を解析中である。これら一連のヘム核酸複合体をNMR、核共鳴非弾性散乱分光法(NRVS)、メスバウアー分光法、および共鳴ラマン分光法により解析し、それぞれの複合体におけるヘム鉄の電子状態とヘム鉄の反応性との関係を解析中である。さらに、ヘム核酸複合体におけるヘムと四重鎖DNAの相互作用および軸配位子H2Oの構造化学的性質をX線結晶構造解析により原子レベルで解明するために、複合体の単結晶の調製を実施中である。
ヘム核酸複合体の酸化触媒作用の分子機構において、ヘム鉄の反応性が調節される仕組みを解明する研究を通して、当該特設分野研究の目標である、環境調和型、高効率かつ高選択的な化学反応を可能にする新規方法論の発見に貢献する知見を得る。研究目的の遂行のため、私共グループの実験化学および理論化学の専門的知識と技術を駆使すると共に、他研究機関の専門家との連携を積極的に進める。まず、ヘムの電子構造を系統的に変え、ヘム鉄の電子状態と反応性の相関関係を解析するために用いる一連の化学修飾ヘムを鈴木秋弘教授(長岡高専)および根矢三郎教授(千葉大)と共同で合成する。また、小倉尚志教授(兵庫県立大)と、核共鳴非弾性散乱分光法(NRVS)、メスバウアー分光法、共鳴ラマン分光法によりヘム核酸複合体を解析する研究を行う。NRVSを用いれば、57Feが関与する全ての化学結合の振動の観測が可能であるので、ヘム鉄の電子状態の解析に有用である。また、メスバウアー分光法では、ヘム鉄の3d軌道のエネルギー準位および軸配位子H2Oの分子軌道との相互作用を解明する。なお、NRVSとメスバウアー分光法の測定に必要な57Fe標識ヘムは、鈴木教授と根矢教授と共同で調製する。さらに、共鳴ラマン分光法により、軸配位子H2Oの電子的な性質およびヘム鉄との結合の性質について明らかにする。また、ヘム核酸複合体のX線結晶構造解析を千田俊哉教授(高エネルギー加速器研究機構)と連携して進め、複合体におけるヘムと四重鎖DNAの相互作用および軸配位子H2Oの構造化学的性質を明らかにする。さらに、ヘム核酸複合体が酸化触媒作用を示すことを発見したD. Sen(Simon Fraser Univ. (Canada))と平成29年度から2年間の予定で、二国間交流事業を実施することが内定しており、本研究を加速する一助とする。
物品の購入で、予想以上の値引きがあったため。
平成29年度に配分される助成金と合わせて使用する。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 謝辞記載あり 3件) 学会発表 (13件) (うち国際学会 4件) 備考 (1件)
Inorganic Chemistry
巻: 55 ページ: 1613-1622
10.1021/acs.inorgchem.5b02520
巻: 55 ページ: 12128-12136
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Biochim. Biophys. Acta
巻: - ページ: -
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