研究課題
ヘム核酸複合体の酸化触媒作用の分子機構において、ヘム鉄の反応性が軸配位子として結合する水分子および近傍の構造化学的環境により調節される仕組みを解明する研究を通して、当該特設分野研究の目標である、環境調和型、高効率かつ高選択的な化学反応を可能にする新規方法論の発見に貢献する知見を得る研究を行っている。平成29年度は、ヒト染色体末端テロメアの繰り返しDNA塩基配列を参考にした18塩基のDNA鎖d(TAGGGTGGGGTTGGGGTGIG)、Iはイノシンを表す、(DNA(18mer)と略記)およびDNA(18mer)の3’末端にアデニンを追加した塩基配列DNA(18mer/A)が形成する平行型四重鎖DNAの3’末端のGカルテットにヘムが特異的に結合して安定な複合体を形成すること、そして、ヘム単独の場合に比べて、ヘムとDNA(18mer)の複合体の酸化触媒作用は約4倍、ヘムとDNA(18mer/A)の複合体は約12倍大きいことを明らかにした。このように、DNA塩基配列の3’末端に追加したアデニンは一般塩基として複合体の酸化触媒作用に寄与することを明らかにした。また、ヘムの側鎖を置換してヘム鉄の電子密度を系統的に変化させた化学修飾ヘムを用いて調製した一連の化学修飾ヘムとDNA(18mer)の複合体におけるヘム鉄の電子密度を、還元型ヘム鉄の一酸化炭素(CO)付加物の共鳴ラマンスペクトルで得られるCO伸縮振動を指標として評価することに成功すると共に、一連の複合体の酸化触媒作用の比較から、酸化触媒作用はヘム鉄の電子密度の増大に伴って高くなることを明らかにした。ヘム鉄の電子密度と酸化触媒作用のこの関係は、典型的な酸化酵素であるペルオキシダーゼ等で解明されている触媒機構から予想される通りの内容であることから、ヘム-DNA複合体の触媒機構はペルオキシダーゼと同一であることが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
ヘム核酸複合体の酸化触媒作用がヘム鉄の軸配位子として結合する水分子および近傍の構造化学的環境により調節される仕組みに関して、重要な知見を得ることに成功した。得られた知見に基づいて、ヒト染色体末端テロメアのDNA塩基配列を参考に設計した一本鎖DNAが折りたたまれて形成する四重鎖DNAにおけるヘムの結合部位およびヘム近傍の構造化学的環境を、酸化触媒作用のために最適化する研究を行っている。また、RNA 4分子が形成する四重鎖とヘムの相互作用の解析を行い、四重鎖RNAにヘムが特異的に結合して安定な複合体を形成することを明らかにすると共に、四重鎖RNAとヘムの複合体は四重鎖DNAとヘムの複合体よりも安定であることを示唆する実験結果を得ている。四重鎖RNAとヘムの複合体の研究からは、原始地球におけるRNAワールド仮説で酵素の役割を果たしていたことが提唱されているリボヌクレアーゼに関連する研究成果が得られるものと期待している。また、ヘムと四重鎖DNAの複合体の還元型ヘム鉄に一酸化炭素が結合した状態の共鳴ラマンスペクトルで約1950 cm-1に観測されると考えられる還元型ヘム鉄の六配位状態を反映するマーカーバンドの検出を試みた結果、調製したすべての複合体で当該マーカーバンドを観測することに成功した。これらの結果から、四重鎖DNAのG-カルテットに結合したヘムにおける還元型ヘム鉄は六配位状態であることが明らかになった。また、種々の化学修飾ヘムを用いて調製した複合体で得られたFe-C結合および配位子COの結合の伸縮振動数の解析から、ヘム鉄の軸配位子として存在する水分子の電子供与性は小さいことを明らかにした。ヘム核酸複合体におけるヘムと四重鎖DNAの相互作用および軸配位子の水分子をX線結晶構造解析により原子レベルで解明するために、複合体の単結晶の調製を引き続き行っている。
私共グループの実験化学および理論化学の専門的知識と技術を駆使すると共に、他研究機関の専門家との連携を積極的に進め、ヘム鉄の反応性が軸配位子の水分子および四重鎖DNAとの相互作用を通して調節される分子機構を明らかにする予定である。ヘム鉄の反応性は、ヘムの電子構造に加えて、ヘム近傍の構造化学的環境により調節されることが知られていることから、有機合成の手法による系統的な化学修飾を通したヘムの電子構造の調節およびDNA塩基配列を通した四重鎖DNAのトポロジーと立体構造の調節を用いて、ヘム核酸複合体におけるヘム鉄の酸化触媒作用の発現と調節の分子機構を解明する研究を行う。調製した一連のヘム核酸複合体におけるヘム鉄の電子密度は、、共鳴ラマン分光法により得られる還元型ヘム鉄の一酸化炭素(CO)付加物のCO伸縮振動を指標として評価する予定である。また、57Fe標識したヘムを用いて複合体を調製し、メスバウアー分光法および核共鳴非弾性散乱分光法(NRVS)による測定を行う。メスバウアースペクトルの解析からは、ヘム鉄の電子状態、ヘム鉄の3d軌道のエネルギー準位および軸配位子H2Oの分子軌道との相互作用に関する知見を得る予定である。NRVSでは、57Feが関与する全ての化学結合の振動数の計測が可能であるので、へム鉄が関連する化学結合の性質に関する知見を得る。また、ヘム核酸複合体のX線結晶構造解析を千田俊哉教授(高エネルギー加速器研究機構)と連携して進め、複合体におけるヘムと四重鎖DNAの相互作用および軸配位子として存在する水分子の構造化学的性質を明らかにする。さらに、昨年度から二国間交流事業として開始した、ヘム核酸複合体が酸化触媒作用を示すことを発見したD. Sen(Simon Fraser Univ. (Canada))との共同研究を活用し、本研究を推進させていく予定である。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件) 学会発表 (18件) (うち国際学会 3件、 招待講演 5件) 図書 (1件) 備考 (1件)
Experimental Approaches of NMR Spectroscopy, Methodology and Application to Life Science and Materials Science
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http://www.chem.tsukuba.ac.jp/yamamoto/