研究課題/領域番号 |
16KT0048
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
山本 泰彦 筑波大学, 数理物質系, 教授 (00191453)
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研究期間 (年度) |
2016-07-19 – 2020-03-31
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キーワード | 四重鎖DNA / ヘム / G-カルテット / 酸化触媒作用 / テロメア / 機能性核酸 / 触媒機構 / 軸配位子 |
研究実績の概要 |
本研究では、ヘム核酸複合体の酸化触媒作用がヘム鉄の軸配位子として結合する水分子により調節される仕組みを解明する研究を通して、当該特設分野研究の目標である、環境調和型、高効率かつ高選択的な化学反応を可能にする新規方法論の発見に貢献する知見を得ることを目的としている。平成30年度は、これまでの研究成果に基づいて、ヘム核酸複合体の酸化触媒作用で反応中間体として生じると予想した、Compound Iと呼ばれるオキソ鉄4価ポルフィリンπカチオンラジカル錯体を、電子スピン共鳴(ESR)およびストップトフロー(SF)により検出することに成功した。まず、液体ヘリウム温度(約4 K)で測定したESRスペクトルでは、Compound IにおけるS = 1/2状態のポルフィリンπカチオンラジカルとS = 1状態のヘム鉄の間のスピン交換相互作用による特徴的なシグナルをg値約2に観測することができた。さらに、SFで反応開始後0.005秒から8秒の間に測定された紫外-可視吸収スペクトルにおいて、波長約350 nm、約580 nm、約650 nmにCompound Iに特徴的な吸収が観測された。これらの結果から、ヘム核酸複合体の酸化触媒作用の分子機構は、典型的な酸化酵素であるペルオキシダーゼと同一であることが明らかとなった。また、ヘムを補欠分子族としてもつミオグロビンのヘムを57Fe標識したヘムに置換した試料を核共鳴非弾性散乱分光法 (NRVS)で解析し、従来の研究では見逃されていたヘム鉄と軸配位子の結合に由来する伸縮振動バンドを検出することに成功した。NRVSのこの研究成果に基づいて、最終年度は、57Fe標識ヘムをヘム核酸複合体に組込んで、ヘム核酸複合体におけるヘム鉄と軸配位子の水分子の結合の性質を解明し、ヘム鉄の反応性が軸配位子水分子により調節される分子機構を明らかにする予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ヘム核酸複合体の酸化触媒作用の分子機構の解明のために重要な反応中間体の検出に成功した。ヘム核酸複合体が促進する酸化反応の中間体としてオキソ鉄4価ポルフィリンπカチオンラジカル錯体が生成することが明らかになった。オキソ鉄4価ポルフィリンπカチオンラジカル錯体は、通常、Compound Iと呼ばれ、ヘムを活性中心としてもつ酸化酵素ファミリーのペルオキシダーゼ等が触媒する反応の中間体で生成することが知られており、Compound Iの生成が触媒反応の律速過程であることが示されている。ヘム核酸複合体とペルオキシダーゼの触媒作用がいずれもCompound Iの生成を通して調節されていることが実証されたことから、ヘム核酸複合体におけるCompound I生成の分子機構を解明し、すでに解明されているペルオキシダーゼにおけるCompound I生成機構と比較検討することにより、ヘム鉄の反応性を調節する新規な分子機構を発見することが可能であると考えている。 また、ヘム核酸複合体におけるヘムと四重鎖DNAの相互作用に構造化学的摂動を与えるために、ヘムが結合するG-カルテットを形成するグアニン塩基4つの内の1つを非標準塩基であるイノシン塩基(I)に置換してグアニン塩基3つとイノシン塩基1つが形成するG/I-カルテットをもつ四重鎖DNAを調製し、ヘムとの複合体の機能と構造の関係を解析した。Iの導入がヘム核酸複合体の酸化触媒作用およびヘム鉄と軸配位子の結合の性質に与える影響は小さいことが示され、ヘム核酸複合体におけるヘムの配位構造は比較的安定であることが明らかとなった。現在は、軸配位子の水分子を他の分子に置換することがヘム核酸複合体における機能と構造の関係に与える影響の解析を通して、ヘム鉄と水分子の配位結合がヘム核酸複合体の酸化触媒作用を調節する分子機構を明らかにする研究を実施中である。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度に当たる今年度は、ヘム核酸複合体におけるヘム鉄の反応性が軸配位子の水分子および四重鎖DNAとの相互作用を通して調節される分子機構を解明するために、核磁気共鳴分光法、電子スピン共鳴分光法、共鳴ラマン分光法、核共鳴非弾性散乱分光法(NRVS)、X線結晶構造解析、円二色性スペクトル、紫外-可視吸収スペクトル等の実験化学および分子軌道法、密度汎関数法等の理論化学により引き続きヘム核酸複合体を解析すると共に、これまでの研究で得られた知見を総合的に考察し、ヘム核酸複合体の酸化触媒作用が発現する仕組みを明らかにする。特に、実験化学では、ヘム核酸複合体におけるヘム鉄と軸配位子の水分子の結合の性質をNRVSで解析するために57Fe標識したヘムを用いてヘム核酸複合体を調製したいと考えている。NRVSスペクトルでは、メスバウアー活性の核種が関与する化学結合の振動バントのみが観測されるので、DNA由来の振動バントに煩わされることなく、57Feが関与する全ての化学結合の振動バントの観測が可能となるため、ヘム鉄と水分子の配位結合の性質を高感度で解析することが可能となる。さらに、NRVSスペクトルで観測される振動バンドは、量子化学計算に基づいて厳密に解釈できることから、バンドの帰属が容易であることもNRVSによる解析の利点の一つである。 そして、ヘム核酸複合体が促進する反応の中間体に関して得られた知見に基づいて推測される遷移状態の性質が、ヘムの電子構造、ヘム鉄の電子密度、四重鎖DNAの立体構造の変化によりどのような影響を受けるのかを明らかにする研究を通して、遷移状態を解明するための方法論の構築に寄与する研究成果を得ると同時に、ヘム核酸複合体が触媒する反応の遷移状態に関して得られた知見を一般化して、様々な化学反応における遷移状態の制御および設計に役立てるための基本的概念の提案を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
ヘム核酸複合体のヘム鉄に軸配位子として結合する水分子を硫化水素等他の分子に置換し、軸配位子水分子の置換がヘム核酸複合体における機能と構造の関係に与える影響の解析を通して、ヘム鉄と水分子の配位結合がヘム核酸複合体の酸化触媒作用を調節する分子機構を明らかにする研究を実施中であるが、ヘム核酸複合体の立体構造を保持した状態で、軸配位子の水分子を置換することが容易ではないことが判明した。理論計算による考察および類似ヘム錯体における軸配位子の置換法の検索等を行った上で、ヘム核酸複合体のヘム鉄の軸配位子を置換する試料調製手法を再検討する必要があると判断した。再検討の間、当該実験が休止したため、その分の次年度使用額が生じた。現時点では、試料溶液中の溶存酸素を徹底的に除去する等、溶液条件を最適化することにより、当初の目的である軸配位子水分子の置換が達成できると考えており、最終年度の今年度に引続き実施する予定である。
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