研究課題/領域番号 |
16KT0062
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研究機関 | 関西学院大学 |
研究代表者 |
吉川 浩史 関西学院大学, 理工学部, 准教授 (60397453)
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研究期間 (年度) |
2016-07-19 – 2019-03-31
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キーワード | キノン / ジスルフィド / 電気化学反応 / 金属有機構造体 |
研究実績の概要 |
本課題では、錯体分子から有機分子まで様々な酸化還元活性分子の電気化学反応制御と応用に向けて、その遷移状態を実験及び理論の両面から解き明かすことを目的とした研究を推進している。 H28年度は、キノン系分子やジスルフィド分子を金属有機構造体に組み込んだ系について、その電気化学特性を検討した。近年、キノン系物質は1ユニットで2電子のレドックスを示すため、その誘導体を用いた電池特性が非常に多く報告されている。我々は、3つのテトラセンキノン部位を有する分子の電池作製と蓄電特性を計測し、テトラセンキノン分子単体よりも大きな電池容量を示すことを見出した。キノン部位のみに由来する理論容量よりも非常に大きいことから、キノン部位以外のπ電子系の酸化還元やLiイオンの集積による電気二重層効果によるものと考えている。 次に、ジスルフィドを金属有機構造体(MOF)の配位子とする化合物の電気化学特性についても検討した。これまで、ジスルフィド化合物は2電子の酸化還元反応を示すことから二次電池の材料として注目を集めてきたが、S-S結合の開裂・再結合を伴うため、安定性が問題であった。そこで、ジスルフィド化合物をMOFに組み込んだ場合のS-S結合の電気化学反応挙動を検討した。ここでは、Cuイオンと配位子4,4'-ジピリジルジスルフィド(4dpds)で構成された2次元構造のMOF(S-MOF)を合成し、これを正極活物質とするリチウム電池の充放電測定を行った。その結果、4dpdsとCuイオン両方の酸化還元に基づく理論容量とほぼ同じ値が安定に観測され、S K-edge XAFS測定より、酸化還元に伴うS-S結合の可逆な開裂・再結合がMOF中では安定に起きるためであることが明らかとなった。また、このようなS-S結合の電気化学反応は、遷移状態を有しないことが理論計算より分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
錯体分子から有機分子まで様々な酸化還元活性分子の電気化学反応における遷移状態を実験及び理論の両面から解明することを目的に、H28年度は、特徴的な分子構造を有するキノン分子の電気化学特性を明らかにすることができた。この分子は、酸化還元特性と電気二重層挙動の両方を示す可能性があり、このような有機分子の複雑な電気化学挙動を解明するうえで、非常に良い対象物質である。現在、連携研究者である関西学院大学の羽村と、これに類似の様々な酸化還元活性な有機分子の設計開発に取り組んでおり、電気化学反応における遷移状態の解明に向けて順調に進捗している。また、錯体分子群についても、ジスルフィドを含む錯体の電気化学特性を明らかにできた。ジスルフィド分子単体とは異なる電気化学挙動を見出せたことは研究が順調に進んでいる証拠である。なお、いずれの反応においても電解質イオンが重要な役割を果たしていることが分かりつつある。 一方で、もう一人の連携研究者である京都大学の西本とは、理論開発を含めて、上記の電気化学反応の遷移状態解明に取り組むことができた。そこでは、分子の電子状態だけではなく、電解質イオン(特にLiイオン)が重要な相互作用をしていることが分かった。また、分子によっては、遷移状態を有しない例もあることが分かりつつある。 このように、様々な酸化還元活性分子の電気化学特性を検討することができるとともに、その遷移状態解明へ向けたアプローチをしつつあり、総合的に見て、研究進捗状況は順調であるといえる。
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今後の研究の推進方策 |
初年度に得られた電気化学特性を基に、その反応機構を実験的に解明するために、電気化学反応中のin situ XAFS、IR、固体NMR測定などを行う。多核金属錯体の場合、in situ XAFS分析を用いることによって、電気化学反応中の金属イオンの電子状態変化や分子構造変化を詳細に追跡できる。有機分子の場合には、ex situではあるが、軟X線吸収分光分析により、酸素や炭素の電子状態変化に関する情報を得る。また、in situ IR測定システムを新たに立ち上げ、主に有機分子の電気化学反応による官能基部位(キノン基やナノグラフェンのヘテロ原子に由来する部位)の変化を追跡する。これらの測定により、酸化還元活性分子の電気化学反応における中間状態を明らかにする。 一方で、電気化学水晶振動子マイクロバランス(EQCM)法や定電流断続的滴定(GITT)法を用いることにより、Liイオンなどの電解質イオンがどのように反応へ関与するのかについても明らかにする。具体的には、酸化還元活性分子をペーストした電極を用いて、EQCM法による測定を行うことで、その電極の重さの変化を知ることが可能であり、そこから電解質イオンの取り込み量、すなわち、どれだけ反応に関与しているか、を見積もることができる。また、GITT法からは電極への電解質イオンの拡散速度を明らかにでき、イオンの入りやすさと電気化学特性の関係を調べる。さらに、自ら開発してきたin situ 固体NMR法(7Li, 19F, 31P核など)を用いることで、電解質イオンの取り込み量や拡散速度だけではなく、測定核周りの環境についても化学シフト変化から検討可能であり、分子との相互作用などの情報を得る予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
消耗品類に関しては、すでに研究室にあるものを主に使用しながら研究を進めることができたため、試薬類、ガラス器具、電気化学測定用部材などの消耗品に研究費を使用する必要が生じなかった。その結果、電気化学測定に必要な試料成形用の備品への使用にのみとどまった。旅費に関しては、本研究課題のみで得られた成果を学会で発表する機会がなく、また、連携研究者との打ち合わせなどもネットを通じてのみであったため、本課題の交流会参加への使用のみとなった。人件費について、本課題のみの遂行に対する研究協力者への謝金が必要なかったため、使用しなかった。これらの理由により、次年度使用額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
今後の推進方策でも述べたように、次年度は、初年度に得られた電気化学特性の反応機構を実験的に解明するために、電気化学反応中の様々な分析を行う。あくまで計画ではあるが、そのような分析の一つとして、電気化学水晶振動子マイクロバランス(EQCM)法を実施する予定であり、電気化学水晶振動子マイクロバランス装置購入のために研究費を使用する予定である。 また、試薬を始めとする消耗品類にも次年度は研究費を多く使用する予定である。二年目ということで、本課題で得られた成果の学会発表に伴う出張や連携研究者との打ち合わせ出張などにも旅費を使用することを計画している。さらに、本課題のみの遂行に取り組む研究協力者の大学院学生への謝金にも研究費を使用し、本研究をより効率的に進める。
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