疎水性部分と親水性部分が共存する分子による二層膜が閉曲面を形成したものがベシクル(嚢胞)である.ベシクルの形状に関する標準的数理モデルとして,面積差弾性エネルギーモデル(ADEモデル)が知られている.これは曲面の平均曲率およびその平方の積分から構成される汎函数を(表面積と囲む体積が一定という条件下で)極小にする閉曲面である.複数の種類の脂質分子から構成されたベシクルでは,例えば液体相と個体相に分かれ,それぞれが小領域(ドメイン)をつくる.こうして形成された小領域が異なる自発曲率を示し,結果としてベシクルの形状に大きな影響を及ぼす. ADEモデルに対する数値的な結果を厳密化することを目指して研究したが,数学的困難の在処を分析するに止まり,期間内には厳密化を達成できなかった.一方,相分離による小領域形成の数理モデルの構築のために,二つの実数値函数を用いた反応拡散系モデルを詳しく考察した.曲面上の相分離を考えるときは,変数係数の方程式になるが,まずは定数係数の場合を研究し,相分離に対応する跳躍不連続性をもつ定常解を構成しその安定性を示した.さらに変数係数の場合にも,同様の結果を得ることができた(論文投稿済み). 分担者は,生命と物質をつなぐ研究として,ベシクルが自律的・持続的に自己生産する系の物理をそのモデル系を構築することにより探求した.期間の前半ではモデル細胞膜であるベシクルが分裂するための分子レベルでの機構を実験とシミュレーションにより明らかにするとともに,ベシクルの自走現象(chemophoresis)について研究した.後半は,前半の分子モデルに基づき,情報分子とベシクルの自己生産が結合したミニマルセルの構築に向けた研究を行い,情報高分子の合成とベシクルの成長が相互触媒的な関係により同調する系の開発に成功した.
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