これまでの調査をもとに葛藤解決とその修復に関する単著論文『「互恵」と「共感」にもとづく正義の実現― 共同体ガバナンスと葛藤解決における普遍的道徳基盤のはたらき』『普遍的道徳基盤とその生物学的背景-互恵的利他行動と心の理論から生じる「互恵」と「共感」』をまとめ、「生態人類学は挑む たえる・きざす」として出版した。ここでは人類の普遍的道徳基盤である「互恵」「共感」というふたつの情動を手がかりに、ソロモン諸島の小さな共同体でおきた葛藤の事例を分析し、それぞれの情動が葛藤解決にどのように寄与しているかを明らかにした。 また本年度は、新型コロナウイルスの蔓延により延長していたソロモン諸島国での調査をおこなった。これまで定点的に調査をおこなってきた村落をおとずれ、不在期間も含めた数年間の村の政治的な状況の変化に関する聞き取りをおこなった。イルカ漁に関するトラブルはほぼ収束に向かい、村は独自の判断で関係の修復と、対外的な対応を進めていることがわかった。さらに、あらたな葛藤として、地球温暖化による海面上昇で村が水没するという事態が生じており、そうした問題に対する村人たちの対応についても調査することができた。 研究期間全体を通してさまざまなグローバルレベルの問題が、小さなコミュニティにあたえる影響について多くの事例を得ることができた。環境問題をひとつとっても、生業レベルで深く環境に依存している伝統社会と高度に産業化した社会の間には、多くのすれ違いが生じており、それが葛藤を引き起こしている。本研究の成果として、共同体社会のガバナンスによっていかにそれを解決していくのかが明らかにされた。
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