研究課題
本研究の目的は、我々が独自に開発してきた計算手法を基に、安価な光学材料として注目されているビスジイミン銅(I)錯体の光励起ダイナミクスの分子論的機構を解明し、より優れた材料をデザインするための光励起ダイナミクスの制御法を確立することである。ビスジイミン銅(I)錯体は、基底状態では二つの配位子が互いに垂直にある四面体構造を取る。光照射によって銅から配位子への電荷移動遷移(MLCT遷移)が起きると、擬ヤーン・テラー効果により二つの配位子が平行になろうとする「平坦化」の構造変化が起きる。この構造変化の反応速度は配位子の置換基や溶媒により大きく異なることが知られているものの、なぜそのようなことが起きるのかよく分かっていない。そこで本年度は、最も単純なビスジイミン銅(I)錯体である配位子に置換基のない[Cu(phen)2]+ (phen=1,10-phenanthroline)の溶液中の光励起ダイナミクスの解析を行った。我々が開発した、僅かな量子化学計算の結果から凝縮相中の分子のポテンシャル関数を高精度に生成可能なMMSIC法により銅錯体のポテンシャル関数を作成し、ジクロロメタン中とアセトニトリル中で非平衡励起状態分子動力学シミュレーションを行った。シミュレーションにより得られた平坦化の反応速度や反応に伴うコヒーレント振動は、実験結果とよく一致した。また、溶媒がある場合とない場合では、光励起ダイナミクスに大きな違いがあることが明らかになった。この結果は、光励起ダイナミクスの分子シミュレーションにおいて、周囲の環境を露わに考慮する必要性を示しており、本研究で初めて明らかになったものである。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、最も単純なビスジイミン銅(I)錯体である[Cu(phen)2]+の溶液中の光励起ダイナミクスを解析し、周囲の溶媒が重要な役割を果たすことを明らかにした。 当初の計画通りであり、研究計画はおおむね順調に進展している。
今年度は、ビスジイミン銅(I)錯体の置換基が光励起ダイナミクスに与える影響について解析を行う。ビスジイミン銅(I)錯体を光増感剤として利用するためには、高エネルギー状態を保持する方が好ましい。そのためには、平坦化などの構造変化によるエネルギー損失を防ぐ必要があり、様々な置換基を持った銅錯体の開発が行われている。本研究でも、どのような置換基が構造変化を起こしにくいのか明らかにし、光増感剤として適した置換基を提案する。
当初は物品費に80万円を充て、プログラム開発用ワークステーションを購入することを予定していたが、目的のワークステーションが50万弱円で購入できたため、残額を次年度に持ち越すことにした。また旅費に40万円を計上していたが、予定が折り合わず本年度の国際学会への参加を取りやめたため、次年度以降への旅費に持ち越すことにした。
次年度は70万程度のワークステーションを1台購入予定だったが、本年度の残金と合わせて、2台ワークステーションを購入し、より効率的に研究を推進する。また、本研究の研究成果を広く社会へと発信していくために、より多くの国内外の様々な学会や研究会で積極的に発表していく。
すべて 2017 2016
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 謝辞記載あり 3件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (6件) (うち国際学会 3件、 招待講演 3件)
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10.3390/md15040117
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