胚性幹細胞(ES細胞)は哺乳動物の初期胚(ブラストシスト)に由来する幹細胞で、成体を構成するすべての細胞へと分化できる多能性を維持したまま、癌細胞に匹敵する速度で半永久的に増殖する。ES細胞を生体に移植すると三胚葉系の様々な組織を含む奇形腫を形成することから、ES細胞は腫瘍細胞に類似するだけではなく、ある意味では腫瘍細胞そのものであると考えられる。私たちはこれまで、ES細胞は恒常活性型のRas蛋白質であるERASや分化多能性の維持に必須であるホメオボックス転写因子Nanogを特異的に発現していることを見いだした。NanogなどECAT遺伝子群は正常の成体組織では発現しないが、多くのヒト腫瘍細胞中での発現が示唆されている。このことはES細胞と腫瘍細胞は遺伝子発現の面でも類似していることを示し、さらにはECAT遺伝子群の発現が腫瘍細胞の不死化や脱分化に関与している可能性を示唆する。本研究ではこの可能性を検討するために、ECAT遺伝子群の遺伝子ノックアウトによる機能解析、ECAT遺伝子産物の生化学的解析、およびECAT遺伝子産物のヒト腫瘍細胞における発現と役割の解析を行うことが目的であるが、本年度はECAT遺伝子群の遺伝子ノックアウトによる機能解析を中心に行った。その結果、ECAT8はTudorドメインを有する蛋白質をコードするが、精母細胞のNuageに局在しており、減数分裂の進行に必須であること、ECAT9はTGFβファミリーのGDF3をコードするが、初期胚の軸形成において重要な役割を果たすこと、さらにECAT20はZnフィンガー蛋白質をコードするが、多能性細胞の増殖に必須であるとともに神経管閉鎖や直腸肛門形成においても重要であることを明らかにした。
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