我々は癌抑制遺伝子PTENの生体における機能を解析するためにPTEN欠損マウスを作製したが、このマウスは胎生早期に致死となったことから、次にPTENfloxマウスを作製し、平成20年度は主に色素細胞におけるPTENの機能を解析した。 PTENfloxマウスとDCT-Creトランスジェニックマウスとを交配することにより、メラノサイト特異的PTEN欠損マウスを作成した。このマウスでは約70%のメラノサイトでPTENが欠損していた。 そこで次に我々はこのマウスを用いて、毛髪色変化を検討したところ、野生型マウスでは頻回脱毛後、白髪になるのに対し、PTEN欠損マウスでは白髪形成に抵抗性であった。メラノサイト幹細胞は維持されないと白髪となることが知られている。そこで我々はc-kit抗体を投与して可視化したメラノサイト幹細胞が、頻回脱毛によってどのように変化するかを、野生型マウスとPTEN欠損マウスで検討したところ、野生型マウスでは頻回脱毛によって皮膚メラノサイト幹細胞数が枯渇してくるのに対して、PTEN欠損マウスでは頻回に脱毛しても、いつまでもメラノサイト幹細胞数が保たれることを見出した。また、メラノサイト特異的PTEN欠損マウスに自然発症メラノーマは認められなかったが、DMBA+TPA投与後野生型に比し有意に多くのメラノーマを認めた。 PTEN欠損マウスでは、PTENの下流のAktやErkの活性化、またその下流のp27の発現低下、Bc1-2の発現亢進をひきおこすことによってメラノサイト幹細胞は枯渇抵抗性となり、白髪抵抗性になったものと考えられる。実際Bc1-2欠損マウスはメラノサイト幹細胞が維持されず、マウスは第二毛髪周期から白髪を呈し、PTEN欠損マウスとちょうど反対の発現形を示している。 ヒトにおいて白髪は最も容易にわかる加齢現象であり、メラノーマもまた加齢に伴う紫外線や化学物質への暴露によっておこる腫瘍である。本研究は、PTEN経路分子は白髪や腫瘍を研究するコスメトロジーやオンコロジー研究者にとって魅力的な分子標的であることを示し、またメラノサイト特異的PTEN欠損マウスはヒトの白髪やメラノーマへの新規治療を考えるにあたって優れた動物モデルとなろう。(Cancer Res. 2008)
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