遺伝情報を安定に子孫に伝えるためには染色体DNAは誤り無く複製されることが必要であり、その過程に関わる複製型DNAポリメラーゼは正常な鋳型DNAを極めて正確にコピーする。しかし、染色体DNAは様々な内的、外的要因により絶えず損傷を受けており、複製型DNAポリメラーゼは損傷部位で進行を停止してしまうので、細胞周期を維持するためには、Polκなどの忠実度は低いが損傷をバイパスすることの出来るバイパス型DNAポリメラーゼに置き換わることが必要である。ヒトには複数の損傷バイパス型DNAポリメラーゼが存在し、それぞれは異なる損傷特異性を持つ。筆者らはこれまでPolκは肺ガンの原因物質と考えられているベンゾピレンがグアニンのN2の位置に付加したような損傷の向かい側にシトシンを挿入してバイパスすることを報告して来た。酸化的DNA損傷の代表例である8-ヒドロキシグアニンに対するPolκのバイパス効率は低く、また誤りをおかしやすいことが明らかになった。一方、モンシロチョウの作るタンパク質であるピエシリンはNADの存在下でDNA中のグアニン塩基のN2の位置にモノリボシルADPを付加することことが知られているが、Polκはこの損傷の向かい側にもシトシンを挿入してバイパスすることが明らかになった。また、ヒト肺ガン由来の細胞株H1299株をベンゾピレンの活性化された化合物であるBPDEで処理すると、GFP-Polκは核内でフォーカスを形成することが明らかになった。また、Polk遺伝子を欠損したマウス由来のMEF(Mouse Embryonic Fibroblast)細胞はBPDE処理に高い感受性を示した。野生型の細胞ではBPDE処理した後、数時間後にはDNA合成が再開されるのに対して、Polk欠損MEF株ではDNA合成は再開されなかった。DNAに損傷が生じるとPCNAがユビキチン化され、それが複製型DNAポリメラーゼから損傷バイパス型DNAポリメラーゼへのスイッチの引き金になると最近では考えられている。実際、BPDE処理によってもPCNAがモノユビキチン化されて、Polκがそのような修飾を受けたPCNAに強く結合することが明らかになった。
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