発がん過程における突然変異の原因はよくわかっていない。ヒトゲノムに存在する唯一の遺伝子変異誘導酵素であるAIDのトランスジェニックマウスではTリンパ腫と肺癌、肝臓癌、胃癌が生じたことから、発がんにおける遺伝子変異にAIDが関与する可能性が示唆された。また、肝炎ウイルスやヘリコバクターピロリ菌により誘発される慢性肝炎や慢性胃炎といったヒトの前がん状態においてAIDの発現が認められたことからヒト発がんにAIDが関与していることが示唆された。AIDはApobec核酸編集酵素ファミリーに属する酵素であり、DNAを基質とするかRNAを基質とするかについて議論されている。AIDを発現する細胞に紫外線を照射しタンパクと核酸を架橋した直後にmRNAを分離し、AIDタンパクがともに回収されたか検討する実験により、AIDとmRNAの結合が確認された。この結合にはAIDのカルボキシル末端の抗体遺伝子クラススイッチ組換え誘導活性に必須の領域を必要とし、別の分子を介した間接的なものであることが明らかになった。このような間接的なRNA結合活性はRNA編集酵素であるApobec-1にも認められるものであり、AIDが未知のmRNAへの結合と編集活性により、クラススイッチを誘導している可能性が示唆された。同様の機構により発がんにおける遺伝子変異を誘導しているものと考えられた。また、潰瘍性大腸炎より発症したヒト大腸癌においてAIDの発現が認められることを報告し、慢性炎症を背景とした消化器系のがんにおけるAIDの関与をより証拠づける結果となった。
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