発がんには複数の遺伝要因と環境要因の多段階にわたる相互作用が関与する。我々はこれまでに、家系と集団を用いた連鎖・相関によって、HSP70ファミリーに属するSTCE遺伝子を発症感受性候補遺伝子として、統計遺伝学的に同定した。STCH遺伝子は5つのエクソンより構成され、それらについて胃がん50症例を対象に変異検索を行ったところ、2%と低頻度であったが、エクソン4に体細胞変異668del12bp(del223V-226L)を同定した。del223V-226Lは、STCH分子のATP結合ドメインのうち、HSP70ファミリー間で保存されたPhosphate2部位の4アミノ酸欠損である。変異STCHのATP結合能を検討したところ著しく低下していることが明らかとなり、分子機、能を損なう変異であることが示された。STCHはHSP70と異なり、C末側にペプチド結合ドメインを有さず、生物学的な分子機能はよく知られていないが、STCHを安定過剰発現した293細胞では、増殖は正常であるものの、TRAILやセラミド、Thapsigarginなどによって誘導される細胞死に対して高感受性を示すことから、細胞死のシグナル伝達に関与する分子と考えられた。del223V-226L変異STCHでは、この細胞死に対する感受性が明らかに低下しており、ATP結合ドメインの重要性が示された。また、胃がん細胞においてはSTCHの発現は低下している。以上のことから、遺伝子変異・多型によるSTCHの機能低下が発がんの一段階に関与する可能性が示唆される。また、個体レベルでのSTCHの分子機能を明らかにする目的でSTCH欠損マウスの作製に着手し、本年度末までにヘテロ欠損マウスを得ることができた。
|