哺乳類細胞には、細胞増殖に作用するERKとストレス応答に関与するp38/JNKという少なくとも3種類のMAPKカスケードが存在するが、これら複数のMAPK経路間でシグナルの誤った混線は起こらない。細胞増殖と死の制御に重要な機能を持つMAPK経路が如何にして誤ったシグナル伝達を回避し、正確な情報伝達を可能にしているかを明らかにすることは、細胞癌化メカニズムの解明に大いに貢献すると考えられる。本研究においては、MAPKKK-MAPKK分子間の特異的結合を規定し、MAPK経路の正確なシグナル伝達を可能にする未知分子機構の解明を行った。 始めにp38経路のMAPKKであるMKK6分子内で、MTK1等のMAPKKK分子との結合に必要な領域の同定を試みた。その結果、MKK6のC末端に位置する約20アミノ酸の領域が、MAPKKKとの選択的結合に必須の新規ドッキング・サイトであることを見出した。興味深いことに、同様のドッキング・サイトがMKK6のみならず、我々が調べた全てのMAPKK分子(MEK1、MKK3/4/6/7)に保存されており、それぞれが対応する上流のMAPKKK分子との結合に必要であることが確認された。また、ドッキング・サイトにアミノ酸変異を導入したり、この領域に相同なアミノ酸配列を持つ合成ペプチドを細胞に導入して、MAPKKK-MAPKK間の結合を阻害することにより、ストレス刺激、サイトカインや増殖因子等によるMAPKKの活性化がほぼ完全に抑制されることを見出した。 以上の実験結果から、ドッキング・サイトを介した分子間結合がMAPK経路のシグナル特異性の維持および効率的シグナル伝達に必須であることが明らかになった。また、ドッキング・サイトをターゲットとした分子標的療法を開発することで、特定のMAPK経路をMAPKKのレベルで選択的に阻害し得る可能性が示唆された。
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