研究概要 |
aPKCの乳腺上皮細胞におけるノックアウトマウスの解析から,aPKCが乳腺上皮細胞の組織化に必須であることを見いだしていたが,その一部が浸潤性の乳癌に移行することから,これが上皮の前癌状態であることを確認した。この分子機構の詳細な解析を行った結果,ErbB2の発現亢進に加え,ErbB2の転写に関わる因子の核内移行を見いだした。さらに,培養ヒト乳腺上皮細胞を用いて,同様の減少を確認した。実際に,ハーセブチン(抗ErbB2抗体)の投与により上述の現象は完全に抑制される。総合して,aPKCの発現抑制(や細胞内局在の異常)はErbB2の転写亢進を介して上皮細胞の過増殖を誘導することが明らかとなった。 ヒトがん組織におけるaPKCの発現の解析から,これが前立腺癌,乳癌などにおいて,発現高進が見られることを見いだしていた。乳癌に関しては,症例集を100例以上に増加して詳細な検討を行った結果,がん細胞においてaPKCの細胞内局在が細胞接着部位から細胞質に変化していることを見いだした。さらに,多くの乳癌でaPKCの発現が増加していることを見いだした。また,少数の例においては,aPKCの発現が減少していることを確認した。この事実は,マウスの乳腺上皮のaPKCノックアウトにより生じた上皮の前癌状態は,ヒト乳癌の前癌状態を模擬している可能性が浮上した事となる。このことは,これまで不明であった,ヒト乳癌の発症機構をマウスモデルを用いて解析できることを示しており,このマウスモデルの特許出願を行った。一連の解析には顕微鏡などの設備更新の必要性があったので,整備した。 細胞極性シグナル複合体(PAR-6/aPKC/PAR-3)の下流因子として既に同定したPAR-1に関して,PAR-1が細胞外基質ラミニンの細胞外における組織化に必須であることを見いだした。さらに,その機構として,ユートロフィン(ジストロフィンの普遍型アイソフォーム)を含むジストログリカン(DG)複合体が関わっていることを見いだした。PAR-1は、DG複合体のラテラル膜ドメインへの局在化に必須であると同時に,これを介して細胞外の基質の組織化に作用するという全く新たなシグナル経路を見いだしたことになる。細胞の極性制御には,細胞間の接着に加えて細胞基質間の接着が必須であるが, PAR-aPKC複合体は細胞間接着に伴い作動すると同時に,細胞基質間相互作用を制御して細胞の極性制御に働くという新たな図式が示されたこととなる。なお,北大の畠山教授との共同研究により,PAR-1は,ピロリ菌の病原タンパク質CrgAの細胞内標的タンパク質であることも見いだした。
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