生体内でのがん細胞の増殖は多様な微小環境因子によって制御されている。これまで私たちは、ラミニン332(α3β3γ2)、TAF/IGFBP-rP1などの細胞接着分子や、マトリライシン(MMP-7)などのプロテアーゼが、がん細胞の増殖、浸潤、接着などを調節することを明らかにしてきた。さらに、がん浸潤先進部位ではラミニン332のγ2鎖(Lmγ2)が単独で高発現することが明らかになっている。そこで、本研究では主としてLmγ2の発現調節と作用の解明を試みた。In vitroの実験において、ヒト肺がん細胞A549などの上皮系細胞にTGF-βやTNF-αを作用させて上皮-間葉変換(EMT)を誘導させると、線維芽細胞様の形態への変化に伴ってLmγ2が誘導されることが明らかになった。一方、Lmγ2を強制発現させたT-24ヒト膀胱がん細胞(Lmγ2-T24)はヌードマウス体内で対照細胞に比べて高い浸潤性増殖を示すことを見いだした。さらに、Lmγ2-T24細胞は対照細胞に比べて効率よく血管内皮細胞層下に浸潤すること、同様な効果は精製Lmγ2タンパク質の添加によっても起こることが明らかになった。ラミニンγ2鎖ドメインVにアミノ酸の人為的な点突然変異が見出されたが、それを修復したLmγ2ドメインVでも同様な効果が確認された。以上の結果から、Lmγ2は間葉変換細胞に高発現するがん浸潤およびEMTマーカーであり、がんの間質内浸潤を促進することが示された。また、Lmγ2ががん細胞の血管内浸潤、ひいては血行性転移を促進する可能性が明らかになった。以上に加え、本研究では、正常組織の血管に広く分布する新規ラミニン分子ラミニン3B11が発見された。このラミニンは腫瘍組織の血管には検出されないことから、正常組織の安定な血管基底膜の形成に関与すると考えられた。
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