上皮系の癌の多くが組織幹細胞に由来することが示唆されている。我々はイノシトールリン脂質代謝の要の酵素であるホスホリパーゼC(PLC)の中でも、進化的に最も古いデルタタイプPLCが生命の基本的現象に関与すると考え、それらの機能解析を行ってきたが、PLCδ1は極性のある上皮細胞に発現が非常に多いこと、PLCδ1遺伝子欠損マウスは表皮幹細胞の分化異常により皮膚腫瘍を形成することを見出した。このことはPLCδ1が皮膚幹細胞との増殖と分化のスイッチングと、毛包や表皮、脂線への分化の方向性の決定に重要であり、こうした分化の制御の乱れが腫瘍の形成を誘導していることを示唆している。次にどの様なメカニズムで上皮幹細胞の増殖と分化の方向性が決定されていくのか、また組織幹細胞の分化の異常と癌の形成がどの様に関わっているのかを、イノシトールリン脂質代謝関連酵素類の遺伝子欠損マウスからの幹細胞の性質を解析することにより明らかにすることを試みた。 皮膚上皮系幹細胞自体が分化異常を示すのか(細胞側の異常)、または分化誘導する因子の分泌等の異常(微小環境の異常)かを明らかにするため、β-ガラクトシダーゼ発現マウスとPLCδ1遺伝子欠損マウスを交配することでβ-ガラクトシダーゼ発現PLCδ1遺伝子欠損マウスを作製し、分化の方向性を観察した所、当初はPLCδ1遺伝子欠損マウスの幹細胞の分化の異常は細胞側の性質のみに起因すると考えていたが、PLCδ1遺伝子欠損マウスからの皮膚上皮幹細胞(Stem)を野生型の皮膚に移植した場合には毛包が形成されるのに対し、野生型の皮膚上皮系幹細胞をPLCδ1遺伝子欠損マウスの皮膚に移植した場合には毛包が形成されなかった。このことは、PLCδ1遺伝子欠損マウスにおける分化異常は、幹細胞を取り巻く微小環境の異常が関与している可能性を示唆している。 また皮膚上皮系幹細胞の分化異常のシグナルを明らかにする目的で、マイクロアレイを行い、いくつかの興味深い分子を見出してきている。
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