研究概要 |
膵がんの進展様式のひとつである神経周囲浸潤(perineural invasion, PNI)は高率に局所再発を引き起こす予後不良因子とされるがその機序は未だ不明である。これまで本研究にて我々はマウスを用いたPNIモデルを作成し, ヒト膵がん株を高PNI群と低PNI群に分類し得た。そこで、LC-MSIMSによるproteomics解析およびtranscriptomics解析で高PNI群と低PNI群を比較すると、synuclein-Yのみがいずれの解析においても高発現していた。Synuclein-Y発現の臨床病理学的意義を調べるため, 当科で1995-2004年に切除を行った浸潤性膵管がん62例をretrospectiveに解析した。62例のうち38例(61%)がsynuclein-Y陽性、22例(39%)が陰性であった。またStage I症例の33%にsynuclein-yの発現を認めた。カイ2乗検定ではPNI、腫瘍径≧20mm、リンパ節転移陽性、UICCステージ≧IIB、血管侵襲がsynuclein-Y発現と有意に相関した(P<0.05)。Cox比例ハザードモデルを用いた多変量解析ではsynuclein-Y過剰発現のみが生存期間の独立した予後不良因子(ハザード比3.4「95%信頼区間1.51-7.51」, P=0.003)であった。無再発生存期間についてはsynuclein-Y陽性、リンパ節転移陽性、UICCステージ≧IIB、リンパ管/血管侵襲、神経周囲浸潤が単変量解析で有意に予後不良であり、多変量解析ではsynuclein-Y発現が最も強く無再発生存期間の短縮に独立して寄与していた(ハザード比2.8[95%信頼区間1.26-6.02], P=0.011)。またマウスPNIモデルおよびマウス膵同所移植モデルを用いてshort hairpin RNAによるsynuclein-Yのknockdownの影響を調べた。マウスPNIモデルでは、Control群の82%と比しPNIの頻度がknockdown群では25%でP=0.009)と有意に減少していた。マウス膵移植モデルではControl群と比し、knockdown群でリンパ節および肝臓への転移が有意に減少(それぞれP=0.019, P=0.020)した。以上より、膵がんにおいてsynuclein-Y発現がPNIおよび遠隔転移と密接に関連し、強い予後不良因子であることが初めて示された。Synuclein-Yは膵がんの早期診断マーカー、新たな予後規定因子ならびに転移抑制のための分子標的となりうる可能性が示唆された。
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