本研究では、シナプス可塑性などを題材にして行った。 シナプス可塑性は、ニューロンの電気的発火信号(スパイク)を他のニューロンへ伝えるシナプスの伝達効率(シナプス結合強度)が変化する現象であり、記憶や学習の分子的基盤である。前年度までにスパイクタイミング依存シナプス可塑性(STDP)を導くにはNMDA受容体の新規アロステリック性が論理的に必要であることを見出した。本年度は実験的に検証したが、モデルと整合性のある結果は得られなかった。そこで、NMDA受容体の過渡的応答モデルを作成してその特性解析している。その仮説も実験により検証する予定である。 また、本研究では、分子レベルのSTDPモデルをアフリカツメガエルの視覚系神経ネットワークに適用し、STDPによる視覚システムの機能獲得過程の解明を試みた。アフリカツメガエルの視覚系神経ネットワークにおいて、視覚刺激は網膜から視蓋へと伝わる。視蓋ニューロンは、特定方向に動く視覚刺激を検知して発火する性質を持っており、この性質を方向選択性と呼ぶ。方向選択性は、生得的な性質でなく、生後の様々な視覚経験によりSTDPが生じ、神経ネットワークが変化することで獲得されると考えられている。しかし、神経ネットワークがどのように変化し、方向選択性が獲得されるのか明らかでない。そこで、アフリカツメガエルの視覚系神経ネットワークをコンピュータ内に再構築し、STDPによって視蓋ニューロンが方向選択性を獲得する過程の解明を試みた。その結果、STDPにより網膜神経節細胞から視蓋ニューロンへのシナプス群のうち、一回の視覚刺激において最初に入力を与えるシナプス群が増強する。その結果視覚刺激中、視蓋ニューロンは早期に発火し、視蓋ニューロン同士の発火タイミングは同期する。すなわち、方向選択性の獲得は、網膜からのシナプス入力量が増大するためではなく、視蓋ニューロン同士の同期発火に伴う、側方からのシナプス入力量の増大によって達成されるのである。このシナリオに沿うことで、他のあらゆる実験と矛盾することなく、アフリカツメガエルの視覚系神経ネットワークにおける方向選択性の獲得を説明できることが明らかとなった。
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