多細胞体制成立のために必須である、細胞接着分子の創出や拡散性コミュニケーション分子の産生及び応答システムの確立がどのようにしてゲノム情報中に獲得されたかを知るために、単細胞と多細胞のあいだを行き来する独特の生活環をもつ細胞性粘菌を材料としてゲノム情報に基づく以下の研究を行った。 1.遺伝子レパートリーの詳細な解析:(1)ゲノムからの全予測遺伝子アレイを用いた共同研究により、有性生殖期の遺伝子発現について解析中である。(2)cDNA情報をもとにした予測遺伝子の評価と修正を試みている。現段階でcDNA独立遺伝子セットの配列約75%とゲノム配列との対応が終了している。 2.近縁種における多細胞化関連遺伝子の系統解析:枝分かれした子実体を形成するP.pallidulnをメンブレン上で発生させると集合塊サイズが小さく、D.discoideumのような単一の胞子塊を持つ子実体を形成することを見出した。量的形質が質的飛躍に結びつくものとして興味深い。 3.シグナル伝達に関わる多重遺伝子の発現特異性解析:(1)4種類のcAMP受容体遺伝子群、(2)11種類のRasファミリー遺伝子群、(3)18種類のRacファミリー遺伝子群について発現特異性の解析を行った。いずれの遺伝子群でも遺伝子群内での配列相同性に基づくサブグループごとに増殖・無性発生・有性発生過程において遺伝子の使い分けが観察され、遺伝子重複と生殖様式進化との関連が示唆された。 4.細胞性粘菌野生株の解析:子実体の形態はD.discoideumに酷似しているものの、柄は非細胞性で柄細胞への分化が見られないAcytostelium subglobosum、を比較対象株の候補として選定した。同調発生の条件を確立し、「柄細胞」で発現する遺伝子群を解析する予定である。
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