我々は経頭蓋フラビン蛋白蛍光イメージングを用いて片側眼にプリズムを装着したときの眼優位性可塑性の解析を行った。その結果、今まで報告されていない未知の現象として、ヒゲ入力と視覚入力の干渉による、新しいタイプの視覚野可塑性を発見した。マウスの片目に約30度光を屈曲させるプリズムを装着させ、斜視にすると、斜視眼を介する視覚野の応答が抑圧された。視覚野の応答が抑圧されるには、生後4週齢程度が最も効率が良く、臨界期の存在が示された。さらに単眼遮蔽による抑圧と異なり、視覚野の両眼視領域だけでなく単眼視領域でも変化が見られた。片目を斜視にする実験はネコやサルでも行われてきたが、視覚野応答が抑圧されるという報告はない。マウスでは何故抑圧が起きたのであろうか?実は予めマウスのヒゲを切ってからプリズムを装着させると、視覚野応答の抑圧は起こらない。当然ながら単眼遮蔽による視覚野可塑性はヒゲの有無によって殆ど影響を受けない。以上の実験結果からプリズム装着による視覚野応答の抑圧は、単眼遮蔽による可塑性とは全く異なるメカニズムによって生じ、ヒゲ入力との干渉が重要であることが判る。つまり、マウスでは身近な空間を「視る」のに主にヒゲに頼るので、ヒゲからの情報と視覚情報が食い違うときに、視覚野応答の抑圧が生じたと思われる。それではヒゲ入力と視覚入力という全く異なる情報をマウスはどのように比較し、空間認知における食い違いを検出できたのであろうか?少なくとも霊長類では異なる感覚入力を統合して空間認知を行う脳部位は頭頂連合野である。マウスでも頭頂連合野に相当する脳部位が存在するので、この部位を破壊する予備的な実験を行ったところ、プリズム装着による視覚野応答の抑圧が生じにくくなることが判った。即ち経頭蓋フラビン蛋白蛍光により、霊長類の頭頂連合野に相当するマウス高次領野の機能解析が可能となった。
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