本課題では、視覚遮断による大脳皮質視覚野の機能変化が神経回路にどのような変化として固定されるのか、どのような分子機構が関わるのかという疑問に取り組んでいる。いくつかの試みの中で、成果を得られた主な2点について以下に報告する。 1)発達期の視覚野では、片眼遮蔽によって遮蔽眼の情報を伝える入力軸索が急速に退縮するが、そのメカニズムとして両眼入力の競合が想定されてきた。しかし、これまでの研究では視覚野ニューロンの活動が視覚入力条件で異なるため、入力間の競合が必要なのか、それとも入力-標的ニューロンの活動関係が重要なのかが明らかでなかった。そこで、皮質ニューロンの活動を薬理学的に抑制した状態で視覚遮断を行い、入力軸索の形態変化を調べた。その結果、正常視覚動物の抑制皮質では入力軸索が顕著に退縮したのに対して、両眼遮蔽動物では入力軸索の退縮は見られなかった。これは、両眼入力の不均衡は無くとも、入力軸索と皮質ニューロンの神経活動のみに依存したhomosynapticな軸索退縮メカニズムが存在することを示唆している。 2)眼優位可塑性は、ERK活性を必要とする。ERKがこの可塑性の発現メカニズムに含まれるのであれば、視覚遮断によってこの分子の活性は変化し、さらにその変化は臨界期にのみ観察されるはずである。そこでラットの一次視覚野において、ERKの活性化型であるリン酸化ERKの量や分布に対する片眼遮蔽の影響を免疫染色法、Western Blot法により検討した。短時間片眼遮蔽を施すと、リン酸化ERK陽性細胞の密度とタンパク量ともに、遮蔽眼から主に視覚入力を受けている対側視覚野で、正常動物に比べて有意に減少したが、この効果は成熟動物でも観察された。一方、リン酸化ERKの細胞内分布に注目すると、片眼遮蔽によってリン酸化ERKの陽性核が増加した。また核画分でのリン酸化ERKタンパク量も増加した。核内リン酸化ERKの増加は、発達期の片眼遮蔽によってのみ引き起こされ、両眼遮蔽や成熟期の片眼遮蔽では観察されなかった。この現象の時間経過を知るために1週間の片眼遮蔽を行ったところ、核内リン酸化ERKの増加は観察されなかった。したがって、片眼遮蔽により核内リン酸化ERKが一過性に増加すると考えられる。
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