分子性ナノ結晶(アデニン:20x20x5nm^3)の近接場ラマンスペクトルにおいて特定のラマンバンドの強度、振動数が時間的に変動する、通常のラマン散乱あるいは表面増強ラマン散乱とは異なる非線形な現象を見出した。具体的には、無電解メッキ法によりチップ先端に銀コートした原子間力顕微鏡用カンチレバーをコンタクトモードで操作し、チップ先端をナノ結晶の一点に留めおき、10分間、スペクトルが変化する様子を連続的に観察した(観察波数領域:500〜1500cm^<-1>)。その結果、アデニン分子に帰属された多くのラマンバンドでそれらピーク強度が時間的に大きく変化していることを観察した。時系列的には、はじめ数個のピーク(728、1330cm^<-1>等)しか観察されなかったが(0〜50秒)、突然多くのピークが出現し(50〜80秒、250〜550秒)、そのほとんどが再び消失する(80〜250秒、550〜600秒)ことが繰り返して観察された。また、観察されたラマンバンドの多くで、ピーク振動数が最大で10cm^<-1>の幅で変動し、中にはピークが分裂する現象も観察することができた。これら現象は銀ナノチップ直下のアデニン分子の銀に対する吸着状態が熱ゆらぎなどの要因により時間変動しているためと考えられる。そこで、密度汎関数法を用いて入射電場に対する振動モードの解析を行い、実験結果と比較したところ、銀チップに化学的に吸着する分子の配向状態が近接場ラマンスペクトルに影響を与えることが示唆された。本手法を用いることで、ナノスケールで分子の識別を行えるだけではなく、分子の吸着状態をも高感度に観察できることが示された。また、金属チップ先端の金属原子と分子間の化学的吸着状態のダイナミクスを観察する手法を新たに考案し、観察システムの構築も行った。
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