本研究では、配位空間への水素吸蔵について、量子化学計算により水素吸着ポテンシャル面を解析することにより、水素吸着のメカニズムを明らかにし、水素吸蔵能を有する配位空間設計の指針となりうる基礎的な知見を得ることを目的としている。京大工・北川らによる配位高分子CPL-1を基点として理論解析を行った。 ポテンシャル面を記述する量子化学計算方法に関して、種々の基底関数、電子相関法、誤差の補正法について検討を行った。水素吸着には分散力の記述が不可欠であるので電子相関理論とdiffuse関数を用いる必要がある。最低でもaug-cc-pVDZ基底を用いたMP2計算が必要で、counterpoise法によるBSSE(基底関数重ね合わせ誤差)を補正することが望ましい。 次に、配位空間を構成する有機配位子と水素分子の相互作用について研究を行った。まず、CPL-1の基本骨格を形成するpyrazineについて、様々な方向から水素分子を吸着させ相互作用エネルギーを計算した。吸着エネルギーは0.19〜0.66kcal/molであり非常に弱い吸着型のポテンシャル面になっていることが分かる。水素分子は主に分散力により吸着していると考えられる。 ところがpyrazine-monocarboxylateと水素分子について計算を行ってみると、水素分子はcarboxylateの酸素原子にend-onで直線的に吸着し、吸着エネルギーは2.44kcal/molと算出された。この原因を解析するためにMP2法の電子密度から電荷分布を計算したところ、pyrazineから水素分子への若干の電子移動と、水素分子の分極が観られた。このことはpyrazineと水素分子の吸着は、単に分散力のみでなく、軌道間相互作用に起因する分極が駆動力となっていることを示唆している。 この結果を利用した配位空間の設計として、正に帯電したcationを導入し、水素分子をcarboxylateの酸素原子と挟み込むことが考えられる。モデル系について計算を行ったところ、吸着エネルギーは7.58kcal/molに達した。分散力のみでなく分子分極や軌道間相互作用を誘起できる配位空間の設計が実現すれば、分散力のみを駆動力とする炭素材料を超える水素吸蔵材料となる可能性がある。
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