幹細胞の維持機構については、まだその研究がはじまったばかりである。個体老化において、組織幹細胞や前駆細胞として知られる細胞集団の量的質的な変化がいくつかの組織において指摘されているが、その変化についてはよくは分っておらず、幹細胞の老化過程はこれまで視覚的に捉えられてはいなかった。白髪は、成熟したメラノサイトがメラニン色素を産生する過程で産生される中間代謝産物による細胞毒性によってひきおこされるのではないかと考えられてきた。報告者は、最近、マウスの色素幹細胞を毛包内バルジ領域に同定し、Dct-promoterを用いて可視化することに成功した(Nishimura et al.2002)ことで、成熟したメラノサイトで変化が始まるのか、あるいは未分化な色素幹細胞レベルで既に特異的な変化があるのか解析することが可能となった。今回、白髪モデルマウスとしてBcl2欠損マウス、およびvitiligo(Mitf-vit/Mitf-vit)マウスの2系統、さらに、加齢マウス、および異なる年齢層から採取したヒト毛包での解析から、色素幹細胞が維持されなくなると白髪化すること、加齢に伴いニッチにおいて色素幹細胞が量的質的に変化し維持されなくなることが明らかになった(Nishimura et al.2005)。Bcl2遺伝子の欠損マウスでは、ニッチに局在した色素幹細胞が休眠状態に入るタイミングで一斉に細胞死することから、色素幹細胞が休眠状態に入る際にBcl2遺伝子が色素幹細胞の維持に必須となることが判明した。さらに、加齢に伴い、色素幹細胞はニッチにおいてしばしば異所性にメラニン顆粒をもった成熟した細胞形態をとること、またこの異所性の分化過程は、メラノサイトのマスター転写因子であるMitfの変異により促進されることが明らかになった。色素幹細胞システムでは、システムの再生過程に加えて老化過程をも視覚的に捉えることが可能であり、色素幹細胞の維持機構の研究のみならず、組織老化の機序を明らかにする上でも優れたシステムを提供することがわかった。
|