これまでにWntシグナルが発生早期(マウス胎生10.5日)の大脳皮質神経幹細胞に対しては自己複製を促進し、発生後期(胎生13.5日)の神経幹細胞に対してはむしろ自己複製を抑制してニューロン分化を促進する知見を得た。またNotch-STAT3経路は早期には自己複製促進、後期にはアストロサイト分化促進に働くことを報告した。そこでこれらのシグナルがどのようなメカニズムで増殖と分化を「時期特異的に」制御するかを明らかにするために、各シグナル因子の直接のターゲットを同定し、その時期特異的な制御の機構について検討を行った。Wnt経路によるニューロン分化においてはNgn1遺伝子の制御が重要であることを見いだした。さらに周産期前後の発生過程のもっと後期に由来する神経幹細胞ではWntシグナルによるニューロンへの分化促進は認められず、またWntによるNgn1の転写上昇も観察されなかった。さらにゲノム上のNgn1座位におけるクロマチンの状態を調べたところ、ヒストンのアセチル化の程度が時期に応じて異なることが明らかになった。したがって、神経幹細胞からニューロンへの時期依存的な分化制御を説明する1つの機構として、Wntによる時期依存的なNgn1の転写調節が関与する可能性が示唆された。またSTAT3に関しても時期特異的なターゲットの候補を見いだしており、神経幹細胞のニューロン分化に関与する可能性について検討を行っている。以上の結果から、神経幹細胞が増殖から分化へ運命転換する機構として、ターゲット遺伝子の時期依存的な転写調節機構の関与が示唆された。
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