神経幹細胞の未分化性維持は、分化誘導性の転写制御シグナルと、それにブレーキをかけるシグナルとの相互作用で制御されると考えられるため、神経幹細胞内のシグナルネットワークを捉えるアプローチが必要である。本研究ではDNAマイクロアレイ解析で、アストロサイト分化誘導性サイトカインLIFの標的遺伝子としてSOCS3を同定した。SOCSファミリー分子はサイトカインによって誘導された後に自身のシグナル伝達経路を遮断する抑制性フィードバック因子であるが、神経幹細胞分化におけるSOCS3の役割は不明であった。強制発現によりSOCS3はLIFによるアストロサイトの分化を完全に抑制した。興味深いことにSOCS3欠損神経幹細胞において、LIF経路とは独立のBMP経路に位置する転写因子Smad1がLIF刺激によってリン酸化されることを見出した。 BMP阻害分子NogginによってこのSmad1の活性化が阻害されたこと、BMP2遺伝子のプロモーター領域にSTAT3の応答配列として機能し得る配列が見つかったことから、LIF刺激で活性化されたSTAT3によってBMP2遺伝子の転写活性化が引き起こされ、産生されたBMP2が自己分泌によってSmad1をリン酸化していることが明らかになった。つまりJAK-STAT経路の抑制性フィードバック因子SOCS3は単にJAK-STAT経路を負に制御するだけでなく、BMPリガンドの産生を抑制することで間接的にSmad経路の活性化も制御することが示唆された。以上の結果は、神経幹細胞の分化誘導と未分化性維持が複数のシグナルネットワーク機構によって制御されていることを示唆する。さらにJAK-STAT経路がサイトカインの分泌を介してSmad経路を制御し得るという発見はこれまでのサイトカインネットワークによる幹細胞制御機構に新たな一局面を与え得るものである。
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