本研究は、第一に、国別研究を超えて、東アジア三国の貨幣流通の相違と共時性を明らかにすること、第二に、貨幣考古学的知見から物質資料調査を深めること、第三に、それらを世界史全体に連関させ、かつ史実に即した貨幣理論を展望することを目的とした。 今年度は、第一に関して、平安期に米、布といった物品貨幣に依存していた日本でなぜ12世紀末から突然中国銭使用が始まったのかという問題について、12世紀後半の南宋における紙幣普及と日本における仏具需要の高まりの組み合わせが銅素材としての銅銭流入をもたらし、結果的に代銭納などに使用されはじめたという見通しを示すことができた。第二の考古学的知見に関しては、一括出土貨幣偏重であった従来の研究に対し、個別発見貨の重要性を明示してきたが、ことに日本中世遺構での永楽通宝の出土の特異さ、また錫の希少性が明らかになった。 中国を中心とする東アジアの貨幣制度の特徴は、銅銭という小額通貨を中心としていたことにあるが、一面それは一般庶民の日常生活用の交易には非常に便利な通貨が流通していたことを示す。第三の世界史大の検討により、貝貨やグラスビーズのような零細額面貨幣使用との比較を通じて、小農たちの間の匿名的だが地域的な交易の自律性が小額通貨需要の独自性をもたらしていることがはっきりしてきた。ひるがえって、工業化以前の中国・日本・西欧の比較から、通貨の匿名性と信用の指名性の間の組み合わせの重要性が浮かび上がってきた。 本研究が発展させてきて貨幣使用の重層性と補完性の視点から、歴史像において13-14世紀のユーラシア大の銀使用の共時性とその16-17世紀との差異が明らかになり、理論においては流れの粘性を扱う流体力学を援用した方法の有効性を示すことができた。
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