本研究の目的は、宋代の茶文化の実態を、文献、考古、植物学など、多方面の分析によって解明することである。その際、宋代に限定せずに、ひろく中国茶文化史を検討することと、日本の喫茶文化の形成を解明することも目指している。 本年度は、文献面では、唐宋茶詩訳注の(5)として、宋の蘇軾、黄庭堅、および元末明初の楊維槙の、茶に関する散文の詳細な訳注を作成刊行した。これらは、宋代以降の「煎茶文化」が、明の文人文化へ推移する過程についての、基礎的な資料となるものである。また、高橋の「『茶経』本文の再検討」は、唐代以降の茶文化を方向付けた陸羽の『茶経』に関して、詳細な本文批判を行い、従来の難読箇所について新知見を述べ、今後の茶文化史研究の基盤となるものである。 文献研究とともに、学際的な研究として、浙江を中心とした考古学、植物学の現地調査を進めてきたが、その成果は、中国の学術雑誌「飲食文化研究」に発表した三篇の論文に集約されるであろう。ことに、高橋の「関於《茶経》中的"〓"和"甌"」と水上の「論《茶経》中"〓"和"甌"的基本造形」は、喫茶容器としての「〓」と「甌」の形態と用途の差異について、文献研究と考古学研究の両面からのアプローチが同じ結果を得たことを示し、学際的な研究の意義の証しとなるものである。これらの研究成果は、国内だけでなく、杭州で開催した「浙江茶文化学術研討会」に於いても報告され、それが中国の茶文化研究者との学術交流を促進した意義は大きい。 鎌倉・室町期の日本の茶文化の検討も進めており、鎌倉時代の日本への茶文化の導入と、室町期を通じての「茶の湯」の発展変化を、五山文化との関わりで跡づけつつある。この研究は、本特定領域研究の他の研究班を含めた、五山文化研究会との共同で進行しており、その成果は活字としては未発表であるが、著作としての刊行を準備している。また、茶文化等の生活文化語彙に関係する研究の基礎資料とするため、室町時代の漢字辞書『運歩色葉集』の単語索引を作成した。
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