悪性グリオーマ、特にグリオブラストーマの予後は診断・治療技術の向上にもかかわらず依然として改善せず、その原因は腫瘍細胞の増殖能と強い浸潤能、そして治療への抵抗性にあると考えられる。本研究は、グリオーマの強い浸潤能と治療抵抗性を制御する責任分子とそのシグナル経路を解明し、分子メカニズムに基づく治療戦略をデザインすることを目的として行った。初年度の主な成果を以下に示す。 【1】がん細胞をDNA損傷性薬剤や微小管作動性薬剤などの抗癌剤で処理した場合、細胞は分裂期で長時間(10〜20時間)停止し、その後崩壊死することを見出した(分裂期崩壊:mitotic catastropheと呼ぶ)。更にこの崩壊死は細胞内での酸化ストレスの上昇に依存していることを見出した。一般に腫瘍細胞では分裂期での長時間の停止によって酸化ストレスが経時的に上昇し致死的なレベルに達するのに対して、正常細胞では酸化ストレスのレベルが腫瘍細胞ほどは上昇せず、崩壊死を回避することがわかった。しかし、一部のグリオーマ細胞では、正常細胞同様に分裂期で停止するにもかかわらず、酸化ストレスが十分に上昇せず、細胞死に至らないものが存在することが明らかになった。来年度はどのような機構によって、グリオーマ細胞で酸化ストレスの上昇が阻害されているのかを明らかにしたいと考えている。 【2】ヒアルロン酸細胞外マトリクスと細胞接着分子CD44の接着と解除の回転(turnover)がグリオーマ細胞の浸潤能を規定する重要な要素であることを見出したので、浸潤性の高い腫瘍においてturnoverを亢進させる分子機構を調べた。その結果、ヒアルロン酸が代謝されるためにはモエシンのリン酸化が必要であること、そしてADAM17プロテアーゼによってCD44が切断されることが必要であることを見出し、その阻害によって細胞の浸潤を極めて効果的に抑制することに成功した。
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