1、ラット視覚野5層錐体細胞の抑制性シナプス伝達の長期増強において、BDNFが逆向性信号を伝える可能性を、発達期(生後20-25日)のラット視覚野スライス標本を用いて検討した。 2、灌流液にNMDA受容体阻害薬APVとnon-NMDA受容体阻害薬DNQXを高濃度加えて興奮性シナプス伝達をブロックした条件下で、4層の電気刺激により5層錐体細胞に誘発される抑制性シナプス後電流(IPSC)をホール・セル膜電位固定記録した。50Hz、1秒の高頻度刺激を10回加えて長期増強を誘発した。 3、Trk受容体チロシンキナーゼを選択的に阻害する低濃度(200nM)のK252aを灌流液に加えた条件下で高頻度刺激を与えても長期増強は起こらなかったが、高頻度刺激直後にK252a投与を開始すると長期増強はコントロール液中と同様に起こった。これは、Trk受容体の活性化が長期増強の誘発に必要であることを示す。 4、K252aをパッチ電極からシナプス後細胞に導入しても長期増強は影響を受けることなく起こった。したがって、シナプス前のTrk受容体の活性化が長期増強の誘発に必要と考えられる。 5、TrkBと結合してその機能を阻害するTrkB-IgG(1μg/ml)やBDNFの作用を阻害するBDNF抗体(0.5μg/ml)の存在下では長期増強は起こらなかった。 6、シナプス後細胞にパッチ電極からCa^<2+>キレーターのBAPTA(30mM)を導入すると長期増強は起こらないが、この条件下で灌流液に低濃度のBDNF(20ng/ml)を加えて高頻度刺激を加えると長期増強は起こった。また、高頻度刺激後にBDNFを洗い流しても長期増強は持続した。 7、以上の結果は、BDNFがシナプス後細胞から放出されて、シナプス前部に存在するTrkBを活性化することが、長期増強の誘発に必要であることを強く示唆する。
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