1、視覚野5層錐体細胞の抑制性シナプス伝達の長期増強においてBDNFが果たす役割を、ラット視覚野スライス標本を用いて検討した。 2、昨年度の研究で、BDNFがシナプス後細胞から放出されて、シナプス前部に存在するTrkBを活性化することが、長期増強の誘発に必要であることを強く示唆する結果を得た。 3、本年度の研究では、シナプス前側でのTrkB活性化以降の信号伝達機構を調べた。TrkBの活性化によりMAP kinase、が活性化されることが知られているので、その関与について検討した。 4、灌流液にMAP kinase kinaseの特異的抑制剤PD98059(20μM)加えた条件下では、高頻度刺激は長期増強を誘発しなかった。しかし、高頻度刺激の直後からこの抑制剤を灌流液に加えても、長期増強は誘発、維持された。 従って、MAP kinaseは長期増強の誘発に関与すると考えられる。高頻度刺激により、シナプス後細胞から放出されたBDNFがシナプス前終末のTrkBを活性化し、それに続いてMAP kinaseが活性化されると、シナプス前側に何らかの変化が起こり、シナプス伝達が強化されるものと推測される。 5、BDNFは抑制性シナプスの発達を促進し、抑制性シナプスの発達とBDNFの発現は共に神経活動に依存することが知られている。抑制性シナプスの長期増強が活動依存的な抑制性シナプスの発達に寄与する可能性を検討した。開眼前のBDNFの発現が非常に少ない時期では、6例中2例で小さな長期増強が起きるだけであったが、BDNF存在下では、調べた6例全てで長期増強が起きた。この結果は、開眼し視覚野細胞の活動が上昇するとBDNFの発現量が増加し、長期増強が起こりやすくなり、抑制性シナプス伝達が視覚入力に依存して強化されることを示唆している。
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