平成17年度から平成20年度の4力年間に行ってきた本研究の目的は、平成15年度から16年度の研究(基盤研究(C))において、私たちが「創発連鎖」と名付けたコミュニケーション連鎖の認知的かつ情意的なプロセスの分析を行い、聴覚障害児による創発連鎖の可能性について考察することであった。この4年間では、新しいアイデアの創発という現象を聴覚障害児学級の中から捉えることはできなかったが、その一方で、私たちは、聴覚障害児たちが、算数や数学の授業の中で、新しいコミュニケーション手段として、新しい手話や書記法などを見いだし、数学的な概念の伝達に利用している事例を収集することができた。また、理論研究として、学習者の情動を捉えるモデルを開発し、これまでの認知モデルとの統合を図った。研究協力者であるタイ王国コンケン大学のInprasitha博士との共同研究として考案してきた数学の問題解決過程における情動的な経験の生成モデルをこれまでのコミュニクーション活動にぉける認知モデルヘ統合することにより、算数・数学の協同の学びに開かれていく授業における「聞き合う」という相互行為の重要性がより明確に示されることになった。現在、我が国には、およそ4500人の聞こえない子どもたちが算数・数学を学んでいる。聴覚に障害がある子どもたちの教育では、聞こえないということを理由に、「聞き合う」という相互行為に光を当てること1まなかった。しかし、私たちの研究で明確になってきたことは、他者の声を真摯に受け止め、そのことを自分の思考を見っめ直す契機とすることが、学級というともに学ぶ環境を最大限に生かすポイントであるということである。創発という現象の発見より、この研究によって明らかにされる思考の深化過程の解明の方が有意義であると考える。
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