セルロース同位体比の変動に影響を与える主な過程は、(1)葉面での水の蒸散に伴う葉内水の同位体比の上昇、(2)樹幹部でのセルロース合成時における有機物と導管水(土壌水に由来)の間の酸素・水素の交換である。このうち、(2)の交換の割合を一般に「f値」と呼ぶ。本研究では、このf値の変動メカニズムを、主に観測的方法で明らかにすることにより、異なる複数の樹種の年輪の酸素・水素同位体比の季節・経年変化を組み合わせて、降水などの環境水の同位体比を数理的な方法で復元することを目指している。初年度に当たる今年度は、次の年輪試料からセルロースを抽出し、その酸素・水素同位体比の測定と、その気候要素との関係の解析等を行った。1)苫小牧と美唄のカラマツ年輪の季節・経年変化試料、2)北大低温研周辺のアカナラ、ヤマナラシ年輪の季節変化試料、3)北大天塩研究林のミズナラ、エゾマツ年輪の長期経年変化試料、4)中国甘粛省の山岳氷河末端の河畔木年輪の経年変化試料、5)同山岳地域のビャクシン年輪の経年変化試料、6)中国内蒙古の砂漠地域の胡楊、タマリスク年輪の経年変化試料などである。このうち、1)では、北海道のカラマツの年輪セルロースの酸素・水素同位体比が、共に夏季の相対湿度を反映して変化するものの、冬季降雪の影響を大きく受ける日本海側と太平洋側の間で降水同位体比の差を反映した顕著な経年変化パターンの相違があること、2)では、アカナラとヤマナラシは全く異なる樹種であるにもかかわらず、その年輪同位体比の季節変化パターンは対比可能であり、主に相対湿度の季節変化を反映していること、一方でf値には顕著な差が認められ、両樹種の組み合わせにより、数理的に降水同位体比と相対湿度を算出できる可能性があること、3)天塩研究林のミズナラには、過去数百年間に亘る北海道地域の水循環変動の周期性に関する情報が記録されていることなどが、明らかとなった。
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