研究概要 |
本研究では、地球上に普遍的に分布する樹木の年輪に含まれるセルロースの同位体比、特にその酸素・水素同位体比に着目し、過去数百〜数千年間に亘る世界各所における気候変動、特に降水過程など水循環の変動を、高い時間・空間分解能で明らかにする方法論の確立を目指している。平成17年度には、北海道各地や中国において、年輪と環境水の同位体比の関係を解析し、また道北のミズナラ年輪を用いて、過去230年間の気候変動の復元を行った。平成18年度には、以下のように、ロシア・カムチャッカ及び日本の本州での年輪同位体比の長期変動の解析に取り組んだ。 樹木年輪は、気候情報を年単位の解像度で復元できる媒体であるが、復元の対象は樹木が成長する夏季の気候に限られていた。しかし、カムチャッカのような積雪域の土壌中では融雪水が夏季まで残存することに着目し、カラマツ年輪の酸素・水素同位体比から積雪(冬季の降水)の同位体比を介して冬季の気候情報を復元することを試みた。その結果、当地では年輪のd-excess値が、2,3月の気温と強い負の相関を示すことが分かり、その経年変化から、過去150年間において当地の冬季気温がグローバルな地球温暖化と同調して増大してきたことが明らかとなった。 一方、日本のような高温多湿の地域では、気温や降水量が樹木成長を制限することは少なく、年輪幅による古気候の復元は、殆ど行われていない。本研究では年輪酸素同位体比が夏季の相対湿度の精度の高い指標になることに着目し、長野県南部のヒノキ年輪を用いて、過去250年間のその復元を試みた。復元した江戸時代後期における夏季相対湿度の年々変動は、大阪の古日記記録から解析された梅雨期の降水量変動と極めて良い一致を示し、日本においても、高齢木や埋没木、考古学試料などを組み合わせることで、過去数百〜数千年間に亘る水循環変動の復元が、実際に可能であることが明らかになった。
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