研究概要 |
本研究では,海岸域に劇的な環境改変の効果をもたらす津波に関して,物質運搬の現象を精密且つ高精度に理解すべく,特に貞観地震に伴う津波に注目して堆積学的・水理工学的な解析を試みた。これまでの内外の津波痕跡研究では,堆積層の発見と年代推定に注目されてきた。しかし,津波による物質の移動機構に関しては多くが不明であり,既述のように,巨大岩塊の移送や地形を埋積する膨大な土砂の集積に対して具体的な解釈は与えられていない。申請者は,物質の侵蝕・運搬・集積の各機構に注目し,移動する物質をミクロ的(粒度分析,削打痕測定,微化石分析)及びマクロ的(堆積相解析,数値解析)に検討し,津波による物質運搬メカニズムの学際的な究明を試みた。この試みに於いて,1983年に発生した日本海中部地震津波による海浜堆積物の移送現象の観測は,非常に教訓的な事例となった(Minoura and Nakaya,1991,Jour.Geol.,v.99,p.265-287)。本研究では,貞観11年(869年)地震津波により砂の堆積現象が広範囲に現れた仙台平野と,安政元年(1854年)東海地震津波が襲来し巨大な丘陵状の集積土砂堆を形成した南伊豆の入間を,マクロ的研究の対象フィールドとした。2004年インド大津波は、観測の行き届いた最適事例として、最も重要視した。野外でのトレンチ掘削による地質調査を両地域で広範に行い,壁面観察から堆積相情報を,また採集した堆積物試料より設備備品であるレーザー回折式粒度分析装置を用いてミクロ的データを,目的に応じて抽出した。具体的には,堆積物運搬の様式を粒度組成及び堆積相から類推し,堆積物に含まれる化石(軟体動物,珪藻,有孔虫)から堆積物の起源水深を特定し,海水の溯上過程と物質運搬の実体を主として水理堆積学的に考察した。一方,様々な歴史・観測資料を基に津波発生の水力学的条件を特定し,これらを初期条件とし,復元した詳細な地形データを利用して津波の数値的復元を試みた。これによって得た水理学的結果と堆積作用の理解から,我が国において特に顕著な災害を及ぼした貞観地震津波による破局的な流れの堆積学的作用が明らかにされた。この結果は,予測される津波溯上域での物質移動の水理学的予測を可能ならしめるに留まらず,海岸平野に於ける物質集積の過程を理論的に理解する自然地理学的基準を与えるものと考える。
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