哺乳類の中で色のついた汗をかく代表はカバ(Hippopotamus amphibius)である。カバは血のような赤い汗をかくと言われるが、これは無色透明の汗が皮膚の上に分泌されてから数分のうちに赤く色づいたものであり、これが更に数時間後には茶色に変色してしまう。この赤く色付く現象の原因物質として、薄い溶液中でのみ存在できる非常に重合しやすい2つの色素(ヒポスドール酸(赤色)とノルヒポスドール酸(オレンジ色))を単離・構造決定することに成功した。次の疑問は、この色素の前駆体はどのような構造であるか、また何によって酸化されて着色するのかという点であった。これを調べるために、発汗直後の無色の汗を着色しないように、0.2Mリン酸緩衝液(pH6.1)を使って反応を止め、汗の低分子分画の成分を分析したところ、^1H NMRとMSデータよりホモゲンチシン酸が主成分であることがわかった。真っ赤になった汗に含まれる色素のおよその濃度とホモゲンチシン酸の濃度を比べると、色素の約1〜5倍のホモゲンチシン酸が含まれていることになり、二量体に相当する色素の前駆体はホモゲンチシン酸であることがわかった。この時の酸化剤として働く可能性のあるものとして、空気、微生物、光、酵素が考えられるが、検討の結果、酵素反応であることがわかった。汗に含まれる高分子画分を種々の緩衝液中ホモゲンチシン酸と反応させたところ、目的色素が生じることがわかった。高分子画分を熱処理してから作用させると反応が起こらないことも、酵素による反応であることを示している。反応条件により赤色とオレンジ色の比が変化すること、天然においても採集時によってその比が異なることから、この原因を探ることが今後の課題の一つとなった。
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